<メイド>

「貴女は何をしにここに来たのですか?」
 開口一番にそんな一言を突きつけてみた。どうやらそう来られるとは思わなかったらしく目を丸くしている。
「え、いや、その、メイド募集の広報を見て」
「ですから何をしに?」
「……メイドになりに」
「……わかりました。しばらくの時間を頂きますのでそちらの部屋でお待ちください」
 目の前の老婦人にそういわれ、女は不審そうな表情でその場を辞した。
「ふう」
「大変ですな」
 老執事がそっとカップに茶を注いだ。
「……フィリップ殿はどう見ます? 今の子」
「私は単なるデュナン様の付き人故あまり大きな口を挟むわけではありませんが、貴女と同じ見解になったかと」
「ではあの子は引き取らせましょう」
 手を軽く叩くと隣室に控えていた給仕が現れた。ヒルダは彼女に何事か耳打ちし、わかりました、と給仕は出て行く。
「……なんなのでしょうね。最近の子の感覚が分からなくなってしまいましたよ」
「我々が若かった頃を思い出してみませんか。私どもぐらいの年齢の思うことなど、全く理解できなかった事を」
「それもそうですね……けれど、何が彼女たちを「メイド」にしようとしているのでしょう」
 さあ、と老執事は顔を横に振る。ヒルダももはや何も言わずに茶を飲んだ。
 何かと城内が賑やかになってきたので現状雇っている給仕ではすぐに手が足りなくなった。ヒルダは自分の管理ができる人員はそれほど多くないと考えているのであまり数は増やしたくなかったのだが、各員が毎日疲れた表情をしているのを見るとそうも言っていられない。現在雇っているものの一人がかなり力をつけてきたのでそちらの下につけてみればどうか、という女王の意見もあり、こっそりと広報に募集広告を載せてみた。
 普段ほとんど反響のない王室広報だ、それほど人は集まらないだろうと思っていたのに、蓋を開けてみればヒルダの予想を越えかなりの数の応募。文官に呼ばれて箱を見せられたとき、目を疑ったのは記憶に新しい。
 めまいを起こしそうになったが給仕の人事権はヒルダにある。女王の言葉があったとはいえ最終的に募集を決めたのは彼女であり、覚悟を決めつつ面接を開始した。
 けれど、正直にはっきり言ってしまえば今まで見てきた応募者全てがヒルダの望む人材ではなかった。なんとなく、出会いを求めて、メイド服が着たい、ユリアに会えるかも……耳を疑うような動機に叫びだしたくなる。けれど内心はどうであれ、表面的には淡々と面接を繰り返し、今も一人の面接が終わったところだ。
「「なんとなく」という動機は最近の若い人にはよくあることのようです。私たちも昔は、「なんとなく」で無軌道な行動に走ったりもしましたし、それこそ「なんとなく」理由がわからないでもない。シュバルツ大尉に関しては簡単に予想はつきますけれどね」
 相も変わらずなぜか王国内の女性は彼女にご執心である。本人は偶像崇拝は嫌だと嘆いていたが。
「かもしれませんが……「出会いを求めて」やあまつさえ「メイド服が着たい」や……私には理解できない」
 昔馴染みのフィリップに愚痴をこぼすヒルダ。
「なるほど。そちらの方なら説明できるかもしれません」
 と、部屋を出て行った。怪訝に思ってしばらく待つと一冊の本を手に面接室へ戻ってくる。
「これが最近出版されましてな」
 渡された本をめくってみる。かすかに聞いた事のある遠い国で書かれたもの。
「……一人の女性がメイド服を着たいがために給仕になって最終的に貴族の妻へ……?」
「これがかなりリベールで流行っておりまして。わが主もこれを読んで、なにやらいろいろとご想像されていたようですが」
「……はぁ」
 今度こそ本気で呆れ果てた。流行に流されるのが悪いとは言わないが、こんなところで歪んだ像を流されたらヒルダとしては大変迷惑だ。
「それであれほど多くの希望者がいたのですね」
 本を飛ばしながら読むと、どうもかかれている仕事内容も緩いとしか言いようがない。貴族に仕えてそれだけの仕事レベルで許されるはずなどないではないか。
「この本を書いた御仁はあまり私たちの仕事を知らないようです。私も読みましたが失笑としか言いようがない」
 フィリップも苦笑いでページを繰るヒルダにぼやいた。もっとも、一番困るのは、この本を真に受けてしまったデュナンが女性給仕を屋敷にもっと増やせと注文を出してくることだそうだ。
「身近に一番の強敵がいましたよ、私の場合は」
「デュナン様も、少し変わられたかと思ったのですが、根本は相変わらずですね」
 デュナンと共にフィリップも変わったとヒルダはそっと思う。以前はデュナンの言う事ならなんとしてでもかなえなければ、という間違った方向に意志を固めていたが最近は少しずつ変わってきた。良い事だとこっそり女王と話したこともある。
「長い間甘やかしてしまったのです、戻るのも長くかかるでしょう」
 執事は表情の読めない顔で肩を竦めた。
「それは置いておいて、こんな本が出回っていて流行っているというのなら、他のお屋敷でも苦労されているのではないでしょうか。一昔前であれば私どもに注目する人間などいなかったのですけれど……」
 今度知り合いのハウスキーパーに聞いてみよう、もしかすると彼女も人事で困っているかもしれない。そんなことを思いながらヒルダは本を脇に置いた。
 一昔前、貴族の力がもっと今より強かった頃、貴族たちはこぞって給仕を雇った。あくまで家庭内の仕事のプロということで雇っており、少し失敗しても首を切られることも多々。見習期間はあるが屋敷の中を駆け回るように朝から晩まで様々な仕事をこなした。
 そして、雇われる給仕側にも、この貴族の家を貴族の家足らしめているのは自分たちだという自負があった。ヒルダのようにその屋敷のトップに立つ給仕は必要な部屋の鍵を渡されており、また下につく給仕たちの人事権一切を握り、屋敷内ではかなり地位が高かった。それより下の者たちも自分の仕事に誇りを持ち、僅かな失敗で雇い主が許してもそのまま去るものもいた。
 仕事であくまで淡々と作業をこなすのだが、そこには確かに雇い主との信頼関係が築かれていた。愛情でも同情でもない、確固たる信頼。ヒルダは今でもそれが一番大切なことだと思っているし、自分の部下にもそう思ってもらいたいと考えている。
「けれど……こういう本が出回る以上、そんな考え方も古くさいものになってしまったのかもしれません。寂しい限りです」
「今では女性でも他にたくさんの職種があります。一昔前ならば奉公に出ることが一種のステイタスではありましたが……」
 ヒルダの呟きにフィリップが乗る。しばらく、彼らが若かった頃の話に花が咲いた。

 ひとしきり話をしてふと時計を見るとそろそろ次の面接希望者がくる時間だった。
「少々おしゃべりが過ぎましたね」
「確かに。さて、次の子はどんな子なのやら。そもそもなぜ若い子ばかりなのかしら。こちらとしては経験者でも大丈夫と応募要綱には出していたはずですのに」
「なかなかいないのではないですか。技術をもった即戦力は、それぞれの家庭を持ってしまっていることも」
 フィリップの言葉に確かにそうだ、と肩を竦める。自分たちが若かった頃も、若い子が花嫁修業として奉公に出てきていたではないか。ヒルダ自身もそのつもりだったのがいつのまにやら女王の信頼篤くこんな年まで仕事を続けることになってしまった。本当はもっと早くにやめる事になると思っていたのだが。
「まあ、私のような年齢のものが来てもすぐにやめてしまうかもしれませんし、若い子の方がいいのかもしれません」
 気合を入れなおすように自分の頬を軽く叩いた。この後にも数人面接者がいるのだ、だれている場合ではない。
「選考基準は変わらず、ですか」
「もちろん。他の方ならいざ知らず、私がこの城内を取り仕切る間は一歩たりとも妥協はいたしません。それにここはリベールの顔。うっかりやなんとなくが通用するようなところではない場所。できれば私以後もその気持ちで望んでいただきたいところです」
 この数十年この城に仕え、鍛え上げられてきた笑みをフィリップに向ける。応じて彼も笑った。


  Ende.


 他愛のない王城の日々。メイドっつー呼び方はやっぱりなんか苦手なので給仕って呼び方にしてます。
 王城のあの人数の給仕で賄えるのか。そんなはずはない、もっと一杯いるだろう。といつも思う。ゲームである以上、必要なだけのキャラを画面に出してしまうとものすごい勢いで王城の描写がでかいことになってしまうw
 ヒルダさんものすごく苦労しそうだな、望みの資質を持ってる子を確保するのは。まだまだ引退できない。それにしても、リアルにドジメイドがいたら腹たってしゃーないような気がする。ありゃ二次の産物か。ああ、決して私はメイドさんが嫌いなわけではないです。ヒルダさんみたいな仕事人な人は大好きだ。

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