朴念仁





「ねえユリアさん。二人きりのときって、なにしてるの?」
 クローゼの自室で小さな小さなお茶会。エステルとクローゼがああでもないこうでもないと、各地のお菓子品評会を開いているのを微笑ましくユリアが眺めている、そんな昼下がりだった。あまりに不意をついた問いかけだったので一瞬ユリアは固まった。しばらく考えるというか、体勢を立て直す時間を空けて問いかけなおす。
「……何の話だ?」
「やだもうしらばくれちゃって」
 意味深な笑みを浮かべてエステルはユリアの肩をたたく。
「来るんでしょ、今日」
 いったん言葉を切ってユリアの顔をうかがう。対するユリアは何のことなのか本気で分かっていない。
「ミュラーさんに決まってるじゃない」
「確かに本日、オリビエ殿来訪の為同行すると伺ってはいるが……」
 しばしの沈黙。ややあってエステルが半眼になってため息をついた。
「だからさ、普段会えない好きな人が近くに久しぶりに来るわけじゃない。そしたらいろいろ話したいことがあるでしょ? そういうこと」
 それでもしばらく考え込んで、エステルが少々飽きてきたころにポンと手を打った。
「なるほど、そういう意味か」
「……反応遅いしもう少し照れてくれてもいいんじゃない?」
「なぜ照れる必要が? 特にたいしたことはしていない。近況を軽く話す程度だ」
「軽くってどれくらい?」
 追求に若干辟易しながら考える。
「そうだな……十分ほど時間が取れればいいほうだ」
「十分……」
 低い声でつぶやくエステル。
「今度は逆に二点、問わせてくれ。そもそも自分とあの方は特になんの関係でもないのだ。その、「二人のとき」というのは一般的に恋仲のことを指しているのだろうが、それがなぜ自分と少佐殿に適用されるのかが知りたいのが一点。もう一点はなぜそれを知りたがるのか」
「……誰がどう見たって惹かれあってるの一目瞭然じゃない。ミュラーさんのほうはあんまり会わないからなんともいえないけど、ユリアさん見ててすごく分かりやすいし」
 傍らのクローゼに小さく呟きながら呆れる。
「エステルさんでも分かるくらいですから」
 クローゼの合いの手に何か言い募ろうとした遊撃士だが、思うところがあるのか頭を激しく振ってユリアに向き直った。
「ねえユリアさん、ほんっとーに自覚ない?」
「自覚、とは?」
「……」
 大きく肩を落として温くなってきた紅茶を飲み干した。
「あのね、あたしたちから見ると、ユリアさんとミュラーさんってなーんか怪しいというか、凄く気が合ってそうなの。クローゼから聞くと、会うと必ず一度は二人で話し込んでるっていうじゃない?」
 エステルの説明にクローゼは頷きユリアはどうしたものかと溜息。
「でも二人の会話って全然想像できないの。だからちょっと聞いてみようかな、と」
 段々顰め面になってきたユリアに気圧されてエステルの声が小さくなった。最後には聞き取れるか聞き取れないかぐらいまでになってしまった。
「……事情は飲み込めた。どうやら殿下もいろいろとされているようですが」
 呆れた、と視線を送るがクローゼはにこにこと笑うばかり。なのですぐ視線をエステルに戻した。
「本当に特にたいした話をしているわけではない。互いの近況はどうなのか、結社の動きの情報交換などだな」
「ふーん……」
 自分で紅茶のお代わりをしながら考え込む。
「ほんとに? なんか一緒にするとか、どっか行くとかそんな話とかも?」
「互いに職務中だ。でなければ会うこともない。一体どこに行けと?」
「ああうん、そうだよね」
 言いながら少し焦ってるかな、とユリアの表情をうかがう。その辺を突っ込んでみたいのは山々だがそれ以外では尻尾を出さないので、決定的瞬間を狙ってみる方がいいかなとこっそり思った。
「少し待て。確か……」
 エステルが思索に入っているとユリアが頷いた。
「あるぞ。一緒に行おうと言っていたことが」
「ほ、ほんと!?」
 ポットを乱暴においてユリアに詰め寄る。さすがのクローゼも驚いて目を大きく見開いた。
「その驚き方は多少腑に落ちないぞ……聞きたいといったのはエステル君、君自身だろう」
「そりゃそうなんだけどさ。ああもう、そんなのいいから! 何、一体何を二人っきりでするの!?」
「いやそんなに乗り出してこなくてもいい。落ち着いてくれないか……」
 エステルをなだめるのに数分時間を取られ、結局聞き出した答えは「手合わせ」とのこと。エステルは目に見えてげんなりしクローゼはこんなものかとまだ食べていない菓子を口に入れた。当のユリア本人はなぜそんな反応をされるのか良くわかっていない。
「疑っているようなら実際に見てみればいいだろう。あの方と手合わせするのは楽しいぞ」
「いや、それはわかるというか、昔やってもらったことあるからあたしも知ってるし、そういう意味じゃないんだけどな……」
 とは思ったものの、実際に二人で行うことには違いがない。もしかしたら決定的瞬間も見つけられるかも、と考え直すのだった。

 
「……というわけで見学希望その一です」
「その二です」
 手合わせのタイミングを知らせてもらったエステルはクローゼを伴って練武場にやってきた。ちょうど模擬剣の素振りをしているミュラーに出会う。
「何が「というわけで」なのかよくわからんが、別に構わない。怪我をしないような位置にいてくれるならば」
 なんとも表現しがたい、強いて言えば何故と顔に書いたままミュラーは応じ、少女たちが隅にたどり着いたのを見届けてから、既に場内中央に立っているユリアと向かい合わせになった。
「いよいよね。決定的な瞬間見えるかな」
「どうでしょう」
 そんなことを囁きあううちに手合わせが始まった。始めはじりじりと互いの出方を見るばかりで面白くないと思ったが、すぐにそれを撤回することになる。
 金属がすばやく擦りあわされるときに出る鋭いが澄んだ音。音が見えるのならばきっと練武場全体に光の軌跡として残ったに違いないとエステルは感じた。
 ユリアの得物はレイピア。ミュラーの得物は幅広の両手剣。当然ながらレイピアで両手剣を受け流すなど無謀でしかない。だが何故擦りあわされる音がするのかとよくよく観察してみると、ユリアの左手に見慣れない小さな短剣が握られていた。もちろんミュラーの剣には程遠いが、刃の方向を上手く合わせて微妙に勢いをそぐ。それが男にはやりにくいのだろう、すぐに離れて間合いを計っていた。
「……ねえねえクローゼ。なんかさ、すっごく楽しそうだね」
「ええ、本当に。ユリアさんもミュラーさんも」
 少女たちの呟きどおりだった。肩で息をし、体中汗だくで怪我もしている。それでもこれ以上楽しいことなどないというように二人は刃を合わせていた。
「……こんな風に手合わせをするから、傍から見るとすごく仲良く見えるんだけどなぁ。とりあえずユリアさん、それに全然気付いてないよね……」
「それはまあ、仕方がない……でしょうか。なにせあのユリアさんですから」
「うーん……クローゼからの課題がやっぱりクリアできないよぉ」
「まあまあ、お遊びですし期限も切ってないですし、ゆっくり行きましょう。きっと必ず、本心をそれとなく聞き出すことができると思いますよ」
「女王様の心得ってのも難しいもんなのね。雑談から人の本心を誘導してくるなんてどうしてできるのよ」
「でもそれは交渉術の初歩ですよ。できるようになっていると、きっと遊撃士としての活動にも役に立つと思います」
 親友の言葉に大きく息を吐いた。
「うん、だからその課題に乗っかったんだけどね。こういうのは全部ヨシュアに任せちゃってるからさ。それじゃいけないし」
 慰めるようにクローゼがエステルの肩を叩く。そしてそのまま手合わせ中の二人を見た。
「……」
 優雅に、それでも鋭く互いの得物を繰り出す二人。熟練者の舞を見ているような錯覚を覚えていたクローゼは、傍らのエステルが袖を引くまで気付かなかった。
「あ、すいません。どうされましたか?」
「いやさ……ただ手合わせしてるだけなのにものすごく当てられてる気分になってきちゃったからさ。もうお菓子品評会に戻らない?」
 何もしていないはずなのに顔を赤くして囁く。クローゼも同じようなことを感じていたので賛成することにした。エステルの言うとおり、健康的に手合わせをしているはずなのに、なぜか恋人同士のやりとりを眺めているようなそんな錯覚を覚えていた。
「はー。どうも本人たち、自覚はしてないけど十二分に通じ合ってるよね。やり方がちょっと他と違うだけで」
「そのようです。まあユリアさんが幸せなら私はそれでいいんですが……」


 練武場の扉が閉まるのをかすかに聞きつけミュラーはホッとした。誰かに見られているということは気にならないが、それがクローゼであり相手がユリアであることがどうにも落ち着かなくさせる。
「ギャラリーもいなくなったことだし、本気で行くとするか」
「望むところです」
 にやりと笑いかけると応じて剣を構えなおしてきた。国でも部下や同僚相手に手合わせをすることは多いが、最後まで彼に付いてくる相手は滅多にいない。ユリアは体力の限界まで手合わせをしてもついてきてくれる稀有な相手だ。だからこそわざわざ他国に来てまでこんなことに誘ってしまう。ミュラー自身はそれを少し反省している部分があった。
「いつかはそれについてどう思っているのか、きっちりと聞いてみたくもあるな」
 声に出さずに呟き、汗を軽く拭いた。本気を出して一体どこまで打ち合うことができるか。回数を重ねるごとにユリアは強くなり、ミュラーを追い詰める場面も次第に増えてきた。
 目の前でレイピアを真っ直ぐ構える女を見る。負けるものかと呟き、床に強く一歩踏み込むのだった。

Ende.


 例えて言うならバカップルが目の前でいちゃつき倒しているような、そんな手合わせしそうな感じです。自覚はないが周りに漏れていて「あーハイハイ」としか返されないとも言う。


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