ここに見つけた





 魔獣にとっても辺境に当たるのか、不時着地点へ襲撃に来る数は少ない。だいたいは近辺に散った隊士か遊撃士が退治してしまっている。それでもその手をかいくぐってくるものがいないわけではない。それに気が付いたユリアは、開いた時間にそういった輩を退治し始めた。生来、こちらから進んで出て行って魔獣退治をする性格ではない。命令を下された時か、自分たちがよほどの危機にさらされない限りは。見知らぬ場所への不安、遅々として進まない修復作業への苛立ち。そんなものが渦巻いてどうしようもなかった。
「誰も悪くはない。悪くはないのに」
 皆、己の仕事は一生懸命やっており、小さな故障箇所はずいぶんと減ってきた。とはいえ見ていると全く進んでいないように思えてならなかった。そんな時、底部を修繕している技師が魔獣に襲われかかったという報告が入った。他に手が空いている人間もいない。
「少し回ってみる」
 艦橋をクローゼに預けて外に出た。仕方がないふりを装ってまであの場に居たくなかったのかもしれないと、心のどこかに痛みが走る。だがあのまま、自分の思い描いたとおりにことが進まず、いらいらし続けているとどうなるだろうか。
 手が回りきらないと報告を受けていた場所へ顔を出す。少し大きめの亀裂が入っているが、それほど重要視しなければならない故障ではない。それだけに後回しになっている。覗き込み、装甲がはがれて内部がえぐり取られているのを見るとなんともいえない気分になる。
 そっと溜息をつくユリアの後姿に躍りかかる何か。剥き出しの敵意を向けられている背に刻み込もうと飛び掛ろうとする魔獣がいる。女は気が付いていないのか動こうとしない。
「あっ!」
 偶々様子を見に来た技師が声をあげたときには、後もう少しというところでユリアの背を鉤裂きにしようという距離。
「かんちょ……!」
 う、と言い切る前にユリアは腕を振った。同時に体をねじって背を魔獣の鉤爪から守る。致命傷とまでは行かなかったが、勢いに任せて飛び掛ってきた魔獣はバランスを崩しユリアの裏拳を受け止める羽目になった。次いで、流れるような動作で抜かれた護身剣に切り付けられ、結局服の背中に鉤裂きを少し作っただけで魔獣は沈黙した。
「……さすがオレらの艦長だ!」
「どうかしたのか?」
「だって凄いですよ! ちゃんと見もせず魔獣退治しちまうなんて!」
「いや、別にたいしたことではない。そちらは何か気になることでも?」
「たいしたことですよ、ほんとに。あ、そろそろこっちの穴塞いでやろうかとおもってて、どんな状況だったかもう一回確認したかっただけですわ。いやー、それにしても凄いや」
 なぜか上機嫌で大笑いを始める技師に若干辟易。
「おい、ここを見るのではなかったか?」
「あ、そうだった! あんまりに艦長が凄いもんだから忘れるところでした」
 しばらく故障箇所の様子を見て、応援を頼んでくるとその場を離れた。後姿を見送りながら、きっとまた妙な尾ひれがついて話が広がっていくのだろうなと思う。
「何故信じてくれないのだろう。手負いを倒したからとて、何が凄いことがあろうか」
 誰かが魔獣の腱を切っているようだった。でなければああものんびりした対応はできなかった。
「あの間で気がついていたか。リベールの軍人には恐ろしい人間がいるものだ」
 少し離れたところから声がかかった。特に驚きはしない。どこかで戦っている人間がいる気配はしていた。
「ご謙遜を」
 自重気味に目を閉じて呟く。成り行きでこんなところまで一緒に来てしまった帝国の軍人。この後のことが気にならないわけではないが、非常事態で人手不足という現実に押され。出会って極僅かの時間ではどうにも人間がつかめない。できるだけ係わり合いにはなって欲しくないというのが正直なところだ。
 ミュラーは肩に担いでいた黒剣を振り下ろした。残っていた魔獣の血を払ってもう一度担ぎなおす。
「貴殿こそ相当の腕をお持ちでは?」
 どれだけの相手と戦ったは知らないが、大きな剣を振り回しつづけていただろうのに息が少しも乱れていない。
「自分はまだまだだ」
 軽く頭を振ってから肩をすくめた。

 アルセイユが墜落してから、当り障りのない用事だけをしてもらっているが、正直なところはもっとつっこんだ手伝いをして欲しい。佐官についているとのこと、自分が細かに指示をせずとも艦内をもっとまとめてくれるだろう。いつも補佐に入ってくれる機関長はそれどころではない。副長がいればといつも悔やむが、悔いても仕方がないことは十分にわかっていた。
「……早くこんなところから動きたいのに」
 小さく、自分でもほぼ無意識に呟いた。
「今は耐えることだ。我々はこの場所を知らないのだから」
 それは正論だった。ユリア自身も理解していたのだが、多少は焦りが出ていたのだろう。誰にも聞こえていないと思っていたのに返事をされた。
「……ええ」
 驚きながら軽く頷く。それに満足したのか、ミュラーも軽く頷いてその場から立ち去っていった。しばらくその背を見送って、ふとあることに気が付いた。
「……誰があの人に、外敵からの防護を頼んだのだ?」
 自分は依頼していないし誰かが頼んだという話も聞いていない。確かにこの船にいる面々は自分に命令されずとも淡々と自分の仕事をこなしているが、それはユリアの性格を知っているからであり、何度かシミュレーションも繰り返しているからこその賜物だ。
「自身も軍を率いているだろうし、こういった時の潜り抜け方も承知しているだろうが、それにしても……」
 この船の中で一番異邦とみなされ、誰も指示などしない中で一番盲点になる部分に気がつき、人知れず実行をする。同僚を連れてやってきた技師の邪魔にならないようにその場から移動をしながらも、なんとなく頭はミュラーのことを考えつづける。
「もしかしたら、それほど悪い人間でもないのかもしれない」
 帝国軍人であるということだけでなんとなく嫌なイメージを持っていたことは否めない。砲手は務めてはもらったものの、できるだけ機密に関わらないようなことを押し付けたのは自分だ。けれどその雑用は手際よく片付いて返って来ていた。
「もう少し話してみたい」
 多少なりとも彼に対する反感の中、表情に出さずに控えめに行動をする。一体どういう生き方をしたら、そんな真似ができるというのだろうか。
 ようやく修復作業が始まり、切断する時の耳障りな音から逃げ出しながらユリアは決めた。もう少し、ミュラーに突っ込んだことも手伝ってもらおうと。守秘の宣誓書などなくても彼なら承知してくれる。その思考の隙間を、もしかしたら少しくらい個人的な話もできるかもしれないと馬鹿な考えが泳いでいく。慌てて頭を振って第一甲板まで戻った。
「……まだ知らないから、落ち着け、か」
 強く吹き始めた風に弄られながら船の様子を見下ろす。まだまだ先は長いようだった。

Ende.


 リベル=アークへ墜落の一幕。オリビエも少佐も絶対艦内から不審の目を向けられたでしょう。特に少佐は服装からして帝国軍だから余計に好奇と拒絶の目を感じたんじゃないかな。わざと軍装のままなのは、オリビエに視線の矛先が向くのを防いでたってのもあるかとは思いますが。当然ユリアさんだって不審に思ってる。けどそれがどう変わったんだろうか。でもってこの後に『青舞』が来ます。見つけた相手はどんなもんでしょ。


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