ジーク





 獲物は落ち着いて探すとどこにでもいるものだ。あくまでもさりげなく、それでも確実に視界を巡らせる。しばしの時間をかけ発見。無表情の下でほくそえむ。
 次はどの角度で獲物に攻撃を加えるか。幾度か往復し的確な部位を見つける。それはまさに一瞬の直感。理屈など抜きにした、長い間狩りに従事した自分の勘。
 そして間髪いれずに直滑降。容赦なく一撃を叩き込む!
「いってー!!」
 空中庭園。ぽかぽかと暖かい午後の日差し。気持ちはわかるのだ。自分も止まり木に止まってゆらゆらと揺れていることもあるのだから。けれど今、居眠りをしている彼にそれは許されない。自分はそれを見逃すことはできない。
「……遅いお目覚めで」
 もう一人庭園の見張りをしていた隊士がその様子を見て呆れた声を出す。
「お前、ここの見張り初めてだったっけ。ここは怖いぞ。主に居眠りに対する懲罰が」
「……まあ……確かに」
 居眠り隊士が頭をさすりながら何が起きたのか把握しようとしていた。普段、本気の敵に対してするような致命傷は決して負わさない。けれど生半可な一撃では彼らに対して何の効果も生み出さないので、いつもその辺りの調整に苦労をする。今回は上手く行ったようだ。
「居眠りだけは見張り中しない方がいい。……オレも何度も食らわされたクチだからな」
 そのとおり。今は訳知り顔で慰めているこちらの隊士だって、幾度自分の一撃を受けたことだろう。いちいちそんなことは数えていられないが。
「……上官より……厳しい監督がいるってことか……把握」
 居眠り隊士が多少よろめきながらも立ち上がったのを見て自分は一声鳴いた。痛む頭を抑えながらも敬礼をしてきたのでまた空に舞い上がることにした。


 風を切る。人たちはそんな風に表現しているらしい。けれどこちらとしてみれば風は切るものではない。乗るものなのだ。幾度それを訴えても、わが友とその君主以外にはわかってくれない。いちいち風を切っていると疲れて仕方がないというのに。風に乗れさえすればどこまでも風が運んでくれるのに。
 切るのは方向を変えたり本気で狙うものがあるときだけ。そうでなければ最小限の力で乗りつづける。そうやってすれば、人だってきっと空を飛べるだろう。
 そうやってわが友に提案したことがあった。けれど、小さく笑って自分の頭をなでただけで何も言わなかった。いつもは何か反応を示してくれるのに、ただそのときだけは黙っていた。どうしたのか、空を飛ぶのは気持ちいいぞと訴えてみたのだが、結局「そうだな」と呟くだけ。以降なんとなく、それを口にする事は止めた。
 わが友にはそれを言わなくなったがその君主には空を風に乗って舞うことの楽しさを良く語る。そしてそれで初めて、わが友のあいまいな態度が理解できたように思う。
「人の体は、風の力に乗ることが出来ないの。根本的に体のつくりが違うから」
 そう言って手を自分の方に突き出してくる。
「ほらね? 貴方のように、この腕は私自身を支えられる大きさを持っていないの。ジークの翼は、ジークの体全体を包めそうなくらい大きいけれど、私たちの腕はそうはいかない」
 君主の話していることは自分には良くわからない。けれど、とにかくその翼ではない、腕と言うものでは風に乗ることが出来ないのだということはわかった。なんと残念なことだ。あの心地よさを体験できないとは。
「けれどね。ジークほどとは行かないけれど、私たちも空を飛べるようになったのよ。ほら、あれがそう」
 示された先にはなんとも無骨なものが、風を切り裂き風を乱しながら飛んでいる。ずいぶん前から飛んでいたが最近急に増えたものだった。
 そもそもの無骨なものはなんだろうと思っていた。あれが近くに来る時には巻き込まれないようにしなければならない。風の流れが変わって意図した方向と違う方へ行きそうになるし、なにか動いている部分に巻き込まれたらただ事ではない。実際、自分の仲間も、かなりの数があれに巻き込まれてしまっているのだから。そして運がよければもう二度と飛ぶことはできない、運が悪ければ。
「そんなに抗議しないでジーク。こちらもできるだけ巻き込まないようにしてるという話だし」
「ピュイ!」
 人の気持ちはわかる。自分たちを真似て手に羽をつけては飛ぶまねをする小さな人は必ずいるのだ。君主とどう向き合えばいいのかわからないので、とりあえず一声だけ鳴いて空に舞い上がった。


 ほとんど翼を動かさずにキラキラと輝く湖上を舞っていると、水ではない輝きが目に飛び込んだ。他の無骨なものとは違う感じのする、でもやはり不恰好としか言いようのないものだ。他の仲間なら近寄らないようにするのだが自分にはそう出来ない理由がある。わが友があの固まりにいるのだ。
 他のは問題にもならないのだがあれだけは自分が本気を出さないと追いつけない時もあった。が、今はそんなことは無いようなので翼をひらめかせる。風を切り風を含み、一気にそれを目指す。
「……ジーク!」
 周囲を旋回している時に呼ばれた。どうやら開けたところにわが友が立っているようだ。青い服が青い空にはためいていて気持ちよさそうといつも思う。迷わずその肩へと降り立った。友も心得ていて、自分がつかまりやすいように少し肩を動かしてくれる。やはりここが一番落ち着く。君主の傍にいることが多くなった今だが戻ってこれる時は至福だ。
「どうした、散歩か?」
 服と同じ青い目をこちらに向けてくる。いつだってこの友は真っ直ぐ自分を見つめてくる。
「殿下のほうはどうだった? 特に何の問題もなかったか?」
 もちろん。自分が傍にいるのだ、何を心配しているのだ友よ。
「そうか、なら大丈夫だな」
 表情を少し緩めて笑顔になる。いつもこの方がいいのに、この青い服を着ているときは面白いことなどまったくないという顔をしている。服は似合っているのだがそれは気に食わなかった。
「そう言ってくれるな。お前といる時ぐらいは努力しているつもりだよ」
 胸元の隠しを探って何かを取り出した。少し頭をなでてくれてからそれを差し出してくる。
 もう雛ではないのだからと最初は思った頭をなでられる行為だが、心地よいと思う自分に気付いてからはその感触を楽しむことにしてあった。だから少しなでてくれる時間が短くて抗議しようと嘴を開きかかった。
「ほら、たくさん食べろ」
 その声に視線を落とすと、先ほどなでてくれた掌に木の実が幾つか。ちょうどおなかがすいていたこともあり、抗議のために開いた嘴から歓喜の声を上げてから木の実をつついた。
「今はそれだけしかないが、地上に降りたらまた調達してこよう。今しばらくはそれで我慢をしてくれ」
「ピュイ」
「もうそろそろ訓練を再開しなければな。良い風が吹いているから思わず甲板に出てきたが、艦橋に戻るのが名残惜しいよ」
 確かに今日はいい風が吹いている。こんなものに乗っていないでわが友も空を飛んだらいいのに。
「これでも空は飛んでいるんだが、お前からしたら飛んでいるうちには入らないのだろうかな」
 そのとおり。こんなのは飛んでいるとは思えない。
「そう言ってくれるなジーク。確かに浮いているとは言え足場があり、空気を切り裂いて進むものであっても飛んでいるものには変わりはない。……ただ、人は人の領域からは決して逃れられないということだろう」
 足元を踏みしめながらわが友は寂しそうな表情になる。人はこうやって固くしっかりした足場があってこそのもの。反対に自分たちはその固い足場を動き回ることが出来ないのだ。地にあるとはどういうことなのだろう。空を行くより気持ちがいいことなのだろうか。
「それはそれで気持ちがいいものだ。互いにないものねだりをしても仕方がないことだが……もし生まれ変わるのなら、お前と同じ鳥になりたいよ。真っ青な空をいく鳥に」
 想像をしてみた。どんな風になるのか今ひとつイメージは湧かないが、さぞ格好いいものだろう。まあ自分には及ばないだろうが、飛び方を色々指南してみてもいい。
「あっはっは、そうだな、そのときにはお前に教えてもらうことにするよ。約束だ」
 約束。いい響きだ。他にも幾つかわが友としていた約束があったように思うが今は思い出せない。そのうち思い出すことにしよう。
「そろそろ私は戻るよ。お前はどうする?」
 もちろん空へ。わが友とは違う方法で空に向かって行く。何も言わず肩から離れた。しばらく旋回していると自分に向かって手を振ってから中に入っていってしまった。
 確かにわが友と一緒に空を飛べればそれはそれで楽しいだろう。けれど。
 空に舞い上がる。なんともいえない気持ちがいつか風に乗って飛んでいってくれると信じて。

Ende.

 人が空にありつづけることが出来ないように、鳥は地にありつづけることは出来ない。まあ、人が切望するように鳥が地に対して切望してるかどうかはわからないんですがね。そうだったら浪漫だなぁと思います。
 生まれ変わったら、の意味がわからないジークですがなんとなく寂しい感じで。


戻る