指揮





 嘘のように静かだった。外の喧騒は届かず室内の人間も息をすることすら憚られる空気。そうなる原因となった情報を持ち込んだのはユリアだった。
「それは本当の話……なのだろうな。この様子からすると」
 卓の中央に座っている初老の男が、ユリアが持ち込んだ書類を軽く弾いた。それを見、それを書いた中隊長の事を思い出す。放たれた火を消しながらなんとか見つけた通信用の制式書類。端が少し焼けているが書式自体には問題はなく、何より他に紙が見つからなかったのでと使われたもの。本来ならもっと上の人間が書くものだが強襲により連絡不能の旨が走り書きされていた。通信筒は見つからなかった為適当に折って押し付けられ、ユリアが基地を出た直後に帝国兵が大挙して突入をかけてきた。構造を知る利を生かし応戦してはいたもののそれからどうなったのかはわからない。
「別の伝令からも話がきた。もうすぐにここにも尖兵が到達するだろう」
「ではボース基地は……」
「爆散、だそうだ」
「ばっ……」
 あくまでついでの報告をするように告げられた事実に室内は騒然となった。ユリアにしても、つい先ほどまでいた基地がなくなったということにただただ呆然とするしかない。
「てことは連中、相当でかいブツ持ち込んできてるってことですね。何のつもりなんだか。リベールを焼け野原にする気か」
「そうかもな……ツァイス以外」
 初老の隊長が呟き、また室内は静かになった。
「退役を引っ張り出してきた挙句のこの所業。将軍も無茶を言う」
 男は自重気味に口元に笑みを浮かべて軽く頷いた。
「さて帝国がここまでくるのも時間の問題だ。さっさと方針を立ててこいつを元の仕事に戻してやろうじゃないか」
 一転、明るめの声で言いながら隣りに立っていたユリアの背を叩く。
「伝令がいなきゃどうにもなんねーもんな、本部も」
 そうだそうだ、居並ぶ屈強な男たちが隊長に同意した。

 あれやこれやの意見が出される間、ユリアは他部署からの伝令と共に部屋の隅に立ち隊長を眺めた。小隊長にしては年を食いすぎているのは、先ほど自分で言っていた通り退役していた為。この国はどうしても人材不足で、平時に軍役についていなくとも大半が予備役か退役軍人である。
「それにしても……予備ならともかく退役した人まで引っ張ってくるってことは、相当切羽詰ってるんじゃないだろうかね」
 隣に立つ、少年といってもいいような顔立ちの伝令兵が呟いた。決してそれはユリアに聞かせようとしたわけではないようだが思わず身震いする。
「とりあえず一旦ある程度まで入れ込んで奇襲、くらいしか現状打破につながる方法はなさそうだ。伝令!」
「はっ!」
「はいっ!」
 唐突に呼ばれ体を硬くする伝令二人。
「敵規模はどのぐらいだ。今一度、具体的に説明せよ」
「ボース基地へ投入された兵員はおおよそ百五十。突入前の計算によります。ただ、自分が基地から出た際目撃したのですが、後方部隊にもかなりの人数集結しているようでした。兵器らしき物が十ばかり散見したのを記憶しております」
「その後方部隊の三分の一がボース市占領のために残りました。その際の人員はざっと二百ほど。こちらへ来る直前に聞いた情報では、まだ別働隊がいる可能性があるとのことでした」
 ユリアの報告を受けて少年伝令もよどみなく伝える。
「やはりその規模か。それでも帝国にしたら中隊規模でしかないのが恐ろしい」
「絶対的な人員の差というものだけはどうしようもありませんしね。しかし、ここの兵の大半がレイストンに戻っている現状が辛すぎる。結局小規模なゲリラ戦法しか取れない」
「ないものをねだっても仕方ない。できるだけここでどうにかするまでのこと」
 地図を見ながら小隊長は考え込む。
 今ユリアがいる基地はルーアンへと続くただ一つの道沿いにある。他のルートを取るには山が険しすぎて、特に大型兵器の搬送は不可能に近い。リベールの中でも最も難所と言われる地域だった。
「よし、誘い込みを行おう。伝令兵はしばし休んでおけ。またすぐに走ってもらうことになるだろうからな」
「もう少し導力通信波が強ければそこまで君たちに走ってもらうこともなかったのだが……いや、隊長の言う通りないものをねだっても仕方あるまい。今後の技術革新を祈る事にして、我々は現状打破の為頭を捻ろうではないか」
 ユリアと少年は同じ部屋で待機ということになった。ユリアは窓際で外を不安そうに眺め少年は机にもたれかかりながら足を伸ばしている。ややあって少年が遠慮がちに口を開いた。
「……あの隊長年食いすぎてる感じしたんだけど、大丈夫かな」
「……」
「ほらさ、普通あれぐらいの年だったら小隊長なんかじゃなくてもっともっと上にいってるもんじゃないか」
 ユリアは黙っていた。それが面白くなかったのか少年はそれ以後黙り込む。が、ユリアの方は声には出さずとも、外を見ながらあの小隊長がなぜ小隊長なのかを考えた。
「まあ、若い方が判断力、直観力に優れているということは学校でも教わったが、あまりそればかりに囚われてもいけないんじゃないかとは思う」
 そもそも自分はあの小隊長のことを知らない。誰が彼をあそこに配置したかは知らないが、少なくとも彼の人となり、そして現役だった頃の成績を知っての事のはず。
 そんなことをだらだらと考えていると基地に誰かが走りこんでくるのが見えた。直後に部屋に、隊長からの連絡事項を持った兵が入ってくる。
「よしお前ら、これが運んでもらう書簡だ。大事に持てよ」
「はい!」
「はっ!」
 それぞれ封蝋を施された書簡を受け取る。確かこの後はルーアン市内にある海浜基地に向かうようになっていた、と自分の手帳を繰った。
「ここの少人数体制ではいくら地の利があるとはいえせき止めるのは不可能に近いので、一旦何人かを通す事になる。それは書簡にも書いてあるが、もし紛失した際には口頭で伝えろ」
「ということは、最初に入れた敵兵を撃ち洩らす可能性も多少あるということですね」
「そうだな。主に後続の大部隊を分断する方向になる」
 上手くいけば撃ち漏らす事はないだろうが、と続けようとしたところ外から轟音が聞こえてきた。とっさに体を低くし部屋の中央に三人は集まる。
「何だ何だ……」
 とりあえず情報がありそうなところへと、先ほどまで隊長などが集まっていた部屋へ。中に入ると大騒ぎだった。
「……何事ですか?」
 見回すユリアの視線に傷だらけの兵が飛び込む。
「うっ……」
「これは少々の事が起きたわけではなさそうだ」
 思わず口を抑えたユリアの肩を軽く叩いて一般兵が話を聞きに隊長の傍へ。しばし激しくやりとりしていたが他の喧騒が凄く上手く聞き取れない。ややあって渋い顔で戻ってきた。
「……あちらさん方、樹を切り払ってるらしい。それは予測された事だが、携行可能な重火器を幾つか持ってるから焼き払いに加え、無差別着弾であたり一面焼け野原だそうだ。彼がなんとかその場から情報を持ち帰ってきたが運悪く弾着地点の傍にいた為全身火傷を負ったようだ」
「それは……」
「まあ、どうあっても一刻を争う事態だということだけは変わらない。とりあえず伝令は隊長が呼んでたから行ってこい」
 それだけ言い置いて一般兵はけが人を運ぶのを手伝いに行った。ユリアと少年は隊長を探し駆け寄る。
「隊長殿お呼びですか?」
「ああ、とりあえず命令変更。書簡は渡されたか?」
 二人同時に頷くと破棄しろとのこと。そんなに簡単に撤回していいものかと思うが言われるまま書簡を机においた。
「この状況で改めて書簡を書くひまはない。ので口頭で伝える」
 以下、隊長が伝える命令を手帳に書き写していく。周りの状況とあいまって若干興奮気味になったユリアの耳に一つの言葉が聞こえてきた。思わず顔を上げる。
「……聞こえなかったか。最終的に見敵必殺となるだろう。それだけで長以上のものにはわかるはずだ。質問は許さん」
 見敵必殺。通常では決してありえない命令。傭兵部隊ならともかく軍としての統制が取れているところではまず間違いなく命令を下した指揮官は無能の烙印を押される。少年伝令は気付かなかったようだがユリアは知っていた。指揮の授業で聞いた事がある。
「……あの……いえ、なんでもありません」
 何かを言い返したかったが男にじろりとにらまれやめた。例え士官学校を出ているとはいえ、現状はただの伝令。長が決めた事に対し何を言う事ができるだろう。
「ならば己の仕事をしに行け」
 頷いてきびすを返した。その背は年に似合わぬ意気が立ち上っている、そんな気がした。


 だからユリアは今、命令をすぐ撤回する事に対し何にも抵抗はない。かつて前線で刻一刻と変化する情勢に対応し、それに合う命令を出しつづけた指揮官がいたのを知っているから。
「少なからずあの時の経験は今の自分の一翼を担っている」
 実際を知らないものは最初の判断のみで行ってしまうことも多々。訓練でそういった若い士官候補生を何人も見た。
 あの後見敵必殺の可能性を示唆した隊長がどうなったのか、後の混乱のせいで十年経った今でもよくわかっていない。けれどあの隊長なら、そんな命令など下さずに生きぬけたのではないかと思う。
 これが終わったら調べてみようか。夜の波止場でそんなことを思うが、やはりやめておくことにした。あの隊長はユリアにとって、現場の指揮とは何かを教えてくれた人物。カシウスと並ぶ憧れの存在。自分如きが詳細を追うのではなく、向こうからひょっこりと、泰然自若の態度を崩さず現れて欲しい。
「準備はできたか」
 先に連絡が入り、少々の方法では足止めが出来ないので急遽迎撃可能な兵器を集めさせた。数はそれほどないがそれなりの火力になるはず。
 巨大なものが移動する音が耳に届いた。遊撃士数人が先行している話は聞いているが彼らでもどうにもならなかったらしい。もうすぐそこの曲がり角から巨大兵器が姿を表すことだろう。軽く深呼吸をしてその時を待った。
 

Ende.

 リアルで見敵必殺が許されるのはフランス外人部隊のみだそうです。たしかにこんな命令出したらよほどでない限り無能だ。インテグラ様等、いい感じのシーンに使えると格好いいし、そもそもそれが理想ではあるんですけどね。銃火器の発達に伴い無理になっていったそうな。
 狂った茶会での劣勢シーンは、結社兵器の威力読み違えをしちゃったんだろうなぁ。


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