その噂は初めてここで開拓依頼を受け始めたころから知っていた。曰く、さまよう幽霊。曰く、幻。曰く、誘拐された子。どれもこれも確実なようでありただの噂のようであり。それ故にギルドに話が回ってくるのは時間の問題だろうなとは思っていた。
「あー……これね」
「知っているなら話は早い」
「ああ、あちこちの集落に行くじゃないですか。そうしたら、そこの人たちの口に上る事があるんですよ、この少女の話は」
「だろうな」
 ギルド長があごひげをいじりながら後を取る。
「そもそも持ち込んできたのも現地の民だ。四部族、どこであっても話は聞ける」
「島中に伝播してるって考えた方がいいですね」
「ああ。で、どうする?」
「いただきます。おもしろそうだし」
「ふっ。お前らしいな」
 誉められているのかなんなのかよくわからない。肩をすくめつつ、依頼書を手に取ってステラは出て行った。


「幽霊とは失礼な話だな」
 それらしき少女は姿に似合わず大人びた声と表情で笑う。
「こんな昼日中から出てくる幽霊などいるのか」
「……」
「……」
 ステラとエミリオはどうしたものだかと顔を見合わせるが少女は一向に意に介していないようだ。
「わたしはかくれんぼをしていただけだよ」
「かくれんぼ、ですか?」
 ステラの本能が、それだけではないと告げている。そもそもこんなところに一人少女がいること事態がおかしい。「未開」の魔物や犯罪者が闊歩するこの大地に。しかも洞窟である。
「ああそうだよ? わたしは昔からその遊びが好きでね」
「……そうですか」
 エミリオもまた警戒した声。それなりに長い間相棒を勤めてもらっているのだ、それくらいはわかるようになった。
「楽しいじゃないか」
「確かに。子どもたちと遊ぶときの定番です」
 いつでも剣は抜けるようにそっと女は柄に手を置く。それを見透かしたような目で少女は空を見上げた。
「が、そろそろ時間だ。わたしは行かなければならない」
「え?」
「では、またどこかで会うのかもしれんが。君たちとは違う君たちと」
 良くわからない言葉を残し振り向かずに行ってしまった。じっとその様子を眺めていたが本当に普通に、子どもが家に帰るように去っていく。残された二人はまた顔を見合わせる。
「彼女は、なんなんでしょうね」
 めがねを直しながらエミリオが呆然としている。
「よくわからないです。ただ、幽霊、かもしれないけど、そうでない、かもしれない」
「それってよくわからない、ってことじゃないですか?」
「そうかもしれません」
 腕組みしているとエミリオが吹き出した。
「なんなんですかー」
「いや、ステラさんらしいな、って思っただけです」
 意外なほど優しい目で見られてステラのどこかに動揺が走る。けれどそれがなんなのかはよくわからない。
「だからあなたと一緒に歩けるのは楽しいんですよ。……できればこのまま」
「はい?」
「い、いやなんでもないです」
 妙にあわてる男を見ていたら、こちらもなんだか楽しくなってきた。


「また、目撃者が出た」
「えっ?」
 ギルド長がステラに一枚の紙を滑らせる。
「今度は、海岸ですか……」
「行くんだろう?」
 ほかにいないなら、とは思うが最初からそう来るとは思わなかったので、思わず苦笑いがでる。
「この際だ、おまえに任せる」
「はぁ。ってことは、今後この手の依頼が出たら全部私に回ってくるって事ですよね?」
「その通りだ。正直な話、この手のあまり身にならん依頼は人気が低くてな。だが、こういうものを出してくるのが地域の実力者だとか、集落の長だとかのレベルなのだ」
「……ギルドとしても、できればこういうものを取ってくれた方がいい相手ですね、それ」
 確かに身にはなりにくい。この手の捜索依頼は。ここで依頼を見ていてもずっと残っていることも多く、結局ステラがやっているようなものだ。
「お前なら実績がある」
「まあ、嬉しいことと思っておきます」
 なんとなく釈然とはしないのだ。酒場の噂で、金にならない依頼を受けるものとして有名ではある。それでもこういった依頼はおもしろい。その土地土地のあり方がみえてくる。
 ただ、自分は良くてもエミリオはどうだろう? いつも快諾してくれるので一緒に行ってしまうのだが。
「僕は気にしていませんよ。開拓地に出られるならなんでもいいです」
「あー……そうでしたね。鉱石が目的でしたね」
「はい。なのでどんな依頼であろうと僕は全く気にしません」
 気を使っている風でもなく、さりとてこうなのだ、という強硬さもない。ただ、当たり前のことを当たり前のように告げているだけだ。
「ありがとうございます、いつも」
 ただその当たり前に乗っかっていてはいけないのだ。そう思い、ステラは深々と礼をした。
「え、いや、別に僕にもちゃんと利益があるんですから問題ないんですよ?」
「それでも。いつも本当にありがとうございます」
 利があるから一緒にいてくれる。それはわかっている。契約とはそういうものだ。けれど、それ以上のものがあるような気がする。
「……なんだろうね?」
 気にしても仕方あるまい。ならばお願いしますと、海岸へ向かうことにした。

 妙にスライムが多い。もとから少なくはないのだが普段にも増して多いような気がする。
「繁殖期、でしたっけ……」
「僕は聞いたことありませんよ。そもそも繁殖するんですか、これは……」
「生き物だから繁殖すると思いますよ。通常通りかはともかく」
 そんなことをいいながらスライムを避け、奥へと歩く。砂に足を取られて転びそうになるのでここはあまりステラは好きではない。渚を歩くときの風は気持ちいいのでそれだけは残念だ。
「前に鼻から砂にひっくり返っちゃったからなぁ」
「ああ、ありましたねそんなことも」
「えっ!? お、覚えてました?」
「はあ。あれだけ豪快にひっくり返ってましたしね。忘れようにも忘れられないと言うか」
「忘れてて下さいよ……」
 呟きが口から漏れていたようだ。もちろんそのときもエミリオと一緒に出てきていたので当然見られている。
「ああもう、なんでこう、妙に情けないところだけよく見られるんだろう?」
 慎重に、心の中で呟く。だが答えは単純で、一番多く依頼に一緒に出てきているからだ。
 短く息をはいてからスライムに目を向ける。しばらくその行動を観察していたがどうやらいっさいこちらのことは気にしていないようだ。ただ、その舞のような動きをじゃますれば即座にこちらに襲いかかってくる。
「周り、囲まれないようにしないと」
「そうですね、それほど大変な相手ではないとはいえ、集団戦に持ち込まれると……」
 エミリオがそれを想像したのかぶるると体をふるわせる。さもありなん、とステラも思う。
 一度捕食しているところを見たことがあるが、吐き出した礫で動けなくしたところを体の中に取り込んでゆっくりゆっくりと溶かしていくのだ。数ある死に方の中でも屈指の絶望だろう。
「そうならないようにそーっと、そーっと」
 抜き足差し足で端を歩きながら通り過ぎる。
「……」
「……」
 少し行くと開けたところに出た。なんとか彼らの糧にならずに済んだようだ。
「一匹二匹ならともかくあれだけの数はさすがに無理です。抜けられてホッとしました」
「僕も遠慮したいところです。彼らは軟体だから得物のダメージが通りにくいんですよね」
「確かにそうだな」
「あーやっぱり思ってました? いったいどうやったらあんな生き物ができあがるのやら」
「生き物なのだろうかな、彼らは」
「……?」
「!?」
 知っているような知らないような声が会話に混じった。とっさに背後を見ると、ガニ・マドで出会ったあの少女だ。
「生き物かどうかは判断つかぬ。だが、わたしはこの子たちに会いに来てみたよ。久々だがみな元気なようで良かった」
「……あの」
「うん? なにかおかしな事を言ったか?」
「いやその、この子たちって、スライムたちのことですか?」
 ステラの警戒心は早鐘を打ち鳴らしている。一体どういう存在なのだ、この少女は。
「ほかに何かあるか?」
「……ないですね」
 思わずエミリオが従う。
「生き物なのかどうか、わからないといまおっしゃりませんでしたか?」
「そんなかしこまった言葉遣いなどしなくてもいい」  苦笑いをしながら少女がステラを見上げた。銀色の、いやむしろ「色がない」と言った方がいいのかもしれないその髪がさらりと揺れた。
「この子たちは作られたのだよ。気づいているだろうがな」
「……」
「遠い、遠い昔に。当時のヒトたちの手によって」
「人工生命……」
「命と呼んでいいかすらもわからないものだった。今はこの子たち自身で増えていけるようになったが、それでも命なのだろうかと私は思う」
 ステラやエミリオには想像もつかない遙か過去、このスライムたちは生み出されたのだと。外からの侵入者に対する迎撃システムの一つとして。
 最初は上手く機能して、後に問題が起きるのは今も昔も変わらない。このスライムは警備システムから逃げだし、各地の門の近辺にそのまま野生化することになった。そして繁殖の時期になるとこうやって舞うのだ。
「……警備? 門?」
 少女の話にはよくわからないことが多い。
「……エミリオさんわかります?」
「僕に聞かないで下さいよ……」
「はっはっは、正直でいい」
 ステラとエミリオが応酬をしていると少女が笑う。
「わからないのならばそれはそういうものだ。そのうちわかるときもくれば、そうでないときもあるだろう」
「わかったことが一つあります」
 女の言葉に少女が方眉をあげる。
「スライムたちはやはり繁殖をするんですね?」
「……そこですか」
「だって気になってたんですよ? 明らかに通常生物と違うのに絶対減らないから」
「それはまあ、そうですけど」
 どうしようもないな、と言いたげにエミリオが頭を振る。
「この子たちには最低限の知能しか持たせていなかったはず。だが、それだからこそ最低限のこと、種の繁栄を覚えたのかもしれん。少なくとも私はそう記憶している」
「……じゃ、自分たちでそういうことを獲得したんだ……。すごいな。というか、怖いです」
 今は種の繁栄にしかその力は発揮されていないが、いつこれが突然変異として、リザードマンやゴブリン、むしろ自分たちと同じヒトレベルにまで引き上げられるかしれたものではない。
「それが摂理でもある。そうやってこの大地の支配者は交代してきたのだよ」
「……そうなんですか」
「ああ。……ではわたしはこれで失礼しよう。この子たちも元気そうで良かった」
「はあ……」
「君たちにもお礼を。楽しい時を過ごせたよ」
 それだけ言いおいてまた去っていってしまう。
「……今回もなんだかよく分からない感じでしたね」
「そう、ですね……」
 相棒に応じながらステラはどこかでこの感じを知っていると感じた。それがどこだったのかはっきりとは思い出せない。
「うーん」
「どうしました、ステラさん?」
「……いや、ちょっと気になったことがあって。思い出せないって事は大したことじゃないんだと思います、すいません帰りましょう」


「ああ……聞いたことあるよ、じいさんからね。この島にゃ時折女の子の幽霊がでるって。絶対関わるなってさ」
 補給のために立ち寄ったアムシュのボリアス集落でそんな噂を聞いた。噂主の中年女は、あたしは見たことないけど、と続ける。
「俺は見たことあるぜ。ガキのころだったけど。明らかに俺らと違うんだよ。銀色? 白色? とにかく一言じゃ表せないよあれは。顔立ちだってなんつーか、違うんだ」
 中年男が自分の肩を抱きながら下唇を突き出す。それは決して寒さに震えている訳ではないようだった。
「また最近この辺で見かけてるんだって? 一体どうしたことだろうね、しばらくぜんぜん話聞かなかったけど」
「あの理想郷とやらが見つかってからか? 昔の亡霊みたいにさ」
「ちょっとやめてよ」
 ボリアスの民は好き勝手に話し始める。
「……エミリオさん。彼女のことはこれ以上は言わない方がいいみたいですね」
「そうですね……まさにさっき、会ってきたとかは言わない方が」
 雪原の奥、多くの雪像とゆきのこと、そして少女がいた。怖いぐらい精巧にできた雪像は一点を見据え、ゆきのこたちは少女の周りに集まってじっと彼女を見ていた。
 少女はステラたちに気付くと嬉しそうにほほえんで手招きをしてくれた。また会えたね、君とはエンがあるのかな、と。
「エンってなんなんでしょうね?」
 エミリオが聞き慣れない言葉を聞いたと首を傾げ、ステラが少し表情を消して補足。
「……エンは縁。倭文の考え方なんですけどね」
「倭文?」
「出会いも別れも、全て定められてつながっている、みたいな考え方です。どんなに小さなものであっても」
「じゃあ、僕とステラさんが出会ったのも、エンと言おうと思えば言える、と?」
「そういうことです」
「おもしろい考え方ですね」
「かもしれません」
 結局少女が何者なのかは分からないし、そもそも雪原の奥で何をしていたのかすらも分からない。けれどその瞳はしっかりと周囲を見ていた。ステラとエミリオもじっくりと眺めていた。
「あのですね、ステラさん。僕……あの目、知ってます」
「え?」
 遠慮がちにエミリオが告げた。
「……師匠が、そんな目をしてました。そこにある全てを記憶してやろう、そんな感情」
「……」
 エミリオは見ていたのだ、師であり父である存在の全てを。工房を追われ放浪者となるしかなかったそのときのことを全て。
「一番痛烈に残ってるのはやはり、工房から追い出されるその日でしたね。一つ一つの部屋をのぞいて、釜に触れて、壁を撫でて。持っていけないものを心に焼き付けていました。あの少女の目はそれと同じでした」
「心に焼き付ける」
 そうか。ではステラ自身も同じ目をしたことはある。遙か東からひたすらに旅を続けてきた彼女も、出会えた人、景色、思い全てを心に刻むように歩いてきた。
 誰も彼も同じだ。
「なら、あの子は、どこへ行こうとしてるんでしょうね」
 口からこぼれたステラの疑問に答えられるものはいない。ただ一人、本人を除いて。


 程なくその疑問は解消された。
「君のその考えは正しいよ。ここが最後のかくれんぼさ」
「じゃあ、やはり」
「……」
 少女はステラの方に一度だけ笑いかけた。その笑みは子どものそれではなく、長い間様々なことを見続けた達観者のものだ。
「ふふっ、ここが『理想郷』とはな。理想とは何か、名付けたものに問いただしてやりたい気分になるよ」
 もともとどこか持って回った皮肉な印象を受ける話し方をする少女ではあったが、今は言葉の端々から見える棘を隠そうとはしない。けれどそれはこの場を愛してやまないからこその棘、ステラにはそう聞こえた。
「誰がつけたかは知る由もありません。僕がここにくるだいぶん前……英雄たちの時代からすでに『理想郷』と呼ばれていたから……」
「ああそうだな。知っているよ。誰かの理想の場であって欲しい、そんな願いがいつからか流布するようになったのだ。ヒトの業と言うものなのかもしれないが……皮肉なものだ」
「皮肉、ですか。ヒトの業……僕も、ほんの少しは知っていますが」
 少し顔をゆがませてエミリオは目を閉じた。
「君たちはみただろう? あの"神"を。ヒトの手が作り上げた傀儡を。あんなもので一体何をしようとしていたのやら。私には皆目検討がつかなかったよ」
「……」
「……」
「今ですらその目的は分かっていないのさ。ただ、あれは人の手に余りすぎた。アストラムの力を吸い上げそしてより強く、巨大になっていく。それがあの"神"だったよ。あとは、言わなくても分かるだろう?」
 こちらに背を向けたまま少女が問いかける。
「……都市は破壊され」
「人々はこの地を捨てた……」
 開拓者たちはそれだけを呟くのに精一杯。完全に少女の気配に押されてしまっている。
「そう。あれはすぐ制御できなくなってあちこちを破壊し始めた。ここは亡霊のいる都。古ぼけた街。ただの廃墟。それが、君たちが求めてきた『理想郷』だよ」
 何を持って理想とするか。ステラの心に疑問が落ちる。
「『理想郷』と名付けた誰かの理想さ。それがどんなものかは、知ったことではないけれど」
「……あなたは、何者ですか?」
 意を決してステラが問いかけた。今ならきっと答えてくれる、そんな確信をもって。
 少女が顔を上げてステラをみる。その目には強い強い力が宿っている。知らず、隣のエミリオの手を強く握りしめた。握り返してくれた暖かさが少女の力に飲まれかかっていた彼女を現実に連れ戻す。
「会ったことは、あるだろう。君とは。そちらの彼は、会ったと言うには語弊があるが、姿は知っている」
「やはり」
「え?」
「まさか覚えている者がいるとはな。往々にしてそういう事実は重くヒトにのしかかる。故に、生き物に本来備わっている防衛本能でもって封印するものだが」
「……ステラさん、なんの話ですか?」
「ええと……話せば長くなるんですが、私がアストラム中毒を起こして倒れた時……会いました。私を力の底から、つぶれる前に連れ出してくれた……そう、アストラム」
「……え?」
 なんのことかさっぱり理解できないとエミリオは目を白黒させている。
「後で詳しく説明します」
 分かってくれるかは別にして、と頷いて少女にまた視線を戻した。
「正確には、この子の強い力に私が引き寄せられて、こうやって意志を持つ程度に具現化したと言うところだが。何年かの周期でこうやってこの少女は、たゆたう力の中から現れる。元の姿を保ったまま。そうなると私も引き寄せられるのだよ」
「この少女は、ここの?」
「そう。遙かの過去、確かにこの場で生きていた」
『亡霊と言われるのはそのせいだった。数年間隔でしか姿を、わたしを取り戻せないから』
「少女は探していた。そう、過去を。かつて自分が生きた場所を。不遇の死であったのかもしれない、志ももてぬまま何事とかに巻き込まれたのかもしれない。死して、ただの何もない力になってなおその思いは残っていた。微かな、針の先でついた傷の如く」
『わたしはさがした。わたしをつくっていたものを。そして見つけて、わたしにもどって、探していた。もうずっと、ずっと』
 アストラムと少女の声が交互に響いてくる。少しおびえた顔をしているエミリオに頷くステラ。大丈夫、アストラムはヒトを傷つけない。必要以上に取り込みさえしなければ。それはあなたも知っているはず。
「……どうしてですか? そこまで」
 男の疑問。
「私が『わたしが』在った『生きていた』証だから『記憶だから』」
「……」
 それ以上エミリオは何も言えなくなった。自分が生きていた記憶。
『こんな場所でも、ここはわたしの生まれ育った場所』
「君たちはこういう状態を表す言葉を持っているだろう? そう。望郷、と」
「そう、ですね。望郷」
 ステラの肩がびくりとふるえる。とっさに抱きかかったものの、寸前でエミリオは手を止めた。どうしてもそれ以上はできなかった。
『もう一度歩きたかった。もう一度見たかった』
「けれどここに至る道が分からなかった。空の果てにある、彼女の故郷への道が」
『だからありがとう。こんな場所でも。荒涼としてまともな生き物などないところでも。それでも、ここはわたしの故郷。ありがとう、名前も知らないお姉ちゃん、お兄ちゃん』
 少女の顔が、年相応の笑みを浮かべて見ている。
「どういたしまして……」
 ステラの返事を聞いてすぐ、少女はその場から掻き消えた。そこに誰かがいたような気配はもうない。
「なんだか……これで解決なのかなという気もしますが」
「私たちには分かりませんね、それは。ただ、ありのまま、ギルドに報告するだけです」
「……」
「ああ、帰りの道々でお話ししますね、アストラムさんとの話は」
「あ、はい。お願いします」
 では帰りますか、と深呼吸しながらもステラは、もしかしたらまた近いうちにあの子には会うのかもしれないなと思った。それがアストラムなのか『少女』なのかは分からないけれど。


END


 あの少女は、眠れたのかな、と。
2014.2.23

 

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