ガーディアンの案内でやってきたのはトゥルルトゥの入り口近くにある洞窟だった。
「こんなところに。しかし、割合に死角になりやすい位置だ」
「そうですね。でもここなら、補給に関しては、やろうと思えばピースーのエウロス集落からできます」
「確かに」
 巨大な洞窟だ。中を少し覗いた程度では奥はとてもではないけれど見通せない。クロトキは知らず、鳥肌を立てる。
 現在ここにはステラとクロトキのほかにも数組開拓者たちがいる。またこの後、後発組もくるそうだ。
「気をつけてください。何が起こるか分かりません。有翼の魔物がでたときにはまずその背の翼を切り裂けば、上に位置どられることはありません」
 ガーディアンが簡単に方針を説明する。
「では、みなさん御武運を」
 祈りの声だ。ステラは軽く頷いてからすたすたと洞窟に入っていった。あわててクロトキが追う。
「今のおまえに戦い上の相棒はいらないのだろうが、せめて行動だけはともにしろ」
「すいません」
 目を伏せる。そこに。
「でたな!」
 ほかの開拓者の声があがる。同士討ちを避けるために少し開けたところにでれば最低でも十数匹の有翼魔物がいた。
「多いな」
「それほどでも」
 なに、と聞き返すより先にステラは槍に巻いていた布を振り上げる。その布が落ちる頃には周辺にいた五、六匹が胸に穴を開けられて絶命していた。
「……これが」
 侍が呆然としているうちにステラは次々に穴を穿ち、翼を、腹を切り裂き、頭を石突きで叩き割る。
「苛烈とは、誰が言ったか」
 それ以上的確な表現はなかったのだなと実感する。戦場以外での使用を師が封じるはずだ。
「やはり合成魔獣、か」
 先発組にはいっていたレインヴァルトが無残に転がる死体をみてつぶやいた。致命傷の一撃のみなので状態が良いのだけは幸いだ。よく見れば本体はリザードマンだったりゴブリンだったりしている。そしておそらく人もいるだろう。
「うげ。みたくねーなこんなもん」
 レインヴァルトのパートナーとしてやってきていたダンデスが苦い顔をしていた。
「人もか」
「みたくはなかったが、あちらで私はみた。たぶん今ステラさんが戦っているのもそうだろう。動きに知能が見て取れる」
 ステラは槍を高速で突き出し、そして大きく振り回す。かと思えば下半身をねらって大きく水平に回す。それに応じて魔物は戦い方を変えようとしていた。
「だがステラの方が疾い」
 みている間に魔物は地に伏せて動かなくなった。無表情でステラは汚れた穂先を拭いている。
「大丈夫か?」
「……よくも、人を、生き物を冒涜するようなまねを」
「まさか、死体か!?」
 クロトキが有翼魔物をよく確かめてみると、確かに死痕がある。きっと安らかに眠っていたのだろう。が、それが突然破られた。誰か知らないが墓を暴いてその体を連れ去っていく。いきだおれた魔物たちの体をとりあげ、体を裂いて新しく生まれ変わらせようとする。そんなのは、決してうまくいきっこないというのに。
「外道……」
 侍の一言に、これぞまさに外道の所行だと改めて思う。
「行きましょう」
「ああ」
 レインヴァルトがこの場は任せてくれと応じるのをみて二人はなお、奥へと。
「おいステラ。これは……なんだと思う?」
「これ……」
 奥に向かう道が人工的になってきた頃、クロトキが手近な部屋をのぞいて中を確認していた。その一つをみて異様さに思わずステラに声をかける。
「……あの魔物が、生えている?」
 円筒形の透明な筒のなかに大小さまざまの魔物と、おそらくこれから魔物になる何か。
「これが素?」
「そのようだ。こういうものはおそらくどこかに根本がある。そいつをたたき切ってやればいいだろう」
 手分けをして探しているとそれらしきものがあった。細かく振動をし、何本も管がでていて、それがそれぞれの筒につながっている。
「……とりあえず、壊しましょう」
「そうだな」
 ステラが魔法の光球を生み出して管のついた箱に当てる。何か反応があるかと思ったがそのまま動きは止まった。
 少々あっけなく思いながら部屋を出たとたん何かが襲いかかる。目の前を鋭利な何かが通り過ぎたステラは即座に体制を変えて石突き側を突き出す。そのまま間髪を与えず穂先を大きく回して、石突きを回避した何かを切り裂いた。
「俺の出番など本当に必要がないな」
 クロトキが呆れ気味に両断された魔物をけ飛ばしている。
 おそらく。ステラは本気で一人で行っただろう。ギルドの掟がなければ。掟があるために誰か一人を連れて行かなければならなかっただけだ。
 だがあの戦い方に他者は介入できない。あれは自分だけを守る。仲間を守る戦い方ではない。
「せいぜい自分の身は自分で守るか」
 いいつつ、背後に迫っていた魔物を居合いの要領で両断し、また刀を鞘に納めた。
「行きましょう。まだ奥がある」
 促され、また歩みを進めた。

 二人が行った後少しして、同じ位置にまた開拓者二人がたった。
「……どっちも尋常じゃねーな」
「……」
「あれは確かに俺らじゃ相方はつとまらない。正直、怖いぜ俺は」
 アレッティオが自分の肩を抱くまねをする。
「怖い……?」
 鍛冶屋での顛末を女将からきいて、拠点防衛からむりやり後発組にねじ込んできたエミリオは眼鏡をかけ直しながら小さくつぶやく。
「僕には……怖くない」
 ただ、ステラが悲しそうな顔をしているのが気になる。彼が知っている、戦いの場のステラは楽しそうだった。下手だね、と笑いながらも一生懸命だった。
「とりあえず僕らも行きましょう」
「うええ。しゃーねーか……」
 完全にアレッティオは巻き込まれているだけで、申し訳ないと心で思うが掟だから仕方がない。エミリオがギルドに走るその間に立っていたのが運の尽きと思ってもらおう。

 生活臭が漂い始めた。脱ぎ捨てられた服や何かを食べた後がひとまとめにされている。
「誰か住んでいるようだ」
 こんなところに何を思って住み着くのだろう。もう少し気の利いたところに住めばいいのにとクロトキは思う。
「……かなり、勉強家ですね。いろいろな本がある」
 魔法学、医学、そして古代文明論。
「なんとなくこれでやったこと、想像つきますね」
「外道であることには代わりはなさそうだがな」
 誰かが死体と他の何かを用いて新しい命を生み出そうとした。単純に言うとそういうことなのだろう。
「ワタシはただ、弱い自分の体をどうにかしたかっただけよ」
 暗がりから声が飛んでくる。一瞬のうちに身構えたステラとクロトキは、自分たちが有翼魔物に囲まれていることに気づいた。
「……」
「これはまた」
 無言でステラは槍を振り、クロトキもいつでも抜き放てるよう身を屈めて柄に手をかける。まだ周囲は動こうとしていないが時間の問題だ。
「外道って……何のことかしらね?」
「貴様のようなもののことを言う、我が国の言葉だ」
「……ふーん……ワタシ、知らないわ」
 少し高い位置から女らしき声が先ほどから聞こえてきている。気だるい、どこかしら膿んだ気配を持つ声だ。ステラはここに来て初めて自分がこの声の主を嫌っていることに気づいた。
「クロトキさん。説得って必要だと思います?」
「俺は無用だと思うが」
「よかった、同じ意見で」
「嫌な相談……してるのねぇ……」
 その声を合図に魔物が動き出す。
「正しい……けどぉ……」
 一匹がステラを捕まえようと手を出すがその手から腕にかけて一気に槍を貫き通した。魔物が槍から離れる前に振り回して他の魔物に当てる。ちぎれ飛んだ肉片が体につくが振り払いもしない。
「一撃必殺ここに極まれり、か」
 別の胴体をなぎはらいながらクロトキがつぶやく。ここにいる魔物は外の部屋でやり合ったのとは違い柔らかい。まだ本当はあの筒からでられる体になっていないのかも知れない。
 動かぬ躯の山を築き上げステラは声の主の元へ。部屋の途中にまた段が作られ、そこに巨大なベッドがしつらえられている。
「な、なによぅ。ワタシは自分の体をどうにかしたくて研究してたのよぉ。ワタシが何したってのよぉ」
 寝台の上に土足で上がられて女は、本当にただの女はステラに文句を言う。
「……狂信」
 他の誰でもない、己の意見にのみ狂信する、もっとも質が悪い狂信者だ。諭そうがどうしようが決して曲げることはない。
「おまえの創造物が開拓者や他のものたちを傷つけたのだぞ!」
 クロトキの言葉にも動じない。
「そんなの……ワタシがお願いしたんじゃ……ないもの……勝手にやったんでしょう?」
「なら素体はどこから? あなたが命令したんじゃないの?」
「してないもの……ワタシはただ、元気なからだがほしいと思ってただけ」
 背後に飛びかかってくる有翼魔物を一薙で落としまた女に穂先を突きつけた。
「……確かにあなたは元気な体がほしかったんでしょうね」
「さっきからそうだっていってるじゃない……ワタシは何もしてないわ……」
「いいや」
 女の顎を穂先で持ち上げる。
「死体の寄せ集めに意志などあるか! 全部あなただ! あなたの悪意がコイツ等をうごかし、人を、何もしていない魔物を、安らかに眠る死体を壊したんだ! わかる? 全部、あなたのせい!」
 ステラの言葉を聞き初めて女の顔がゆがむ。
「違う! ワタシは何もしてない!」
「何もしてないけど悪意はたくさん。それを抱えて、逝けばいい」
「ワタシは、外を歩きたかった! いろんなものをみたかった……」
「……」
 ステラの槍が、一撃で女の息の根を止める。動けない相手を狩るほど楽で、むなしいものはない。
「ステラ! 後ろ!」
 クロトキの叫びが耳に届き即座に反応をする。それよりも相手の得物が早いかと思ったが、何かに肩を射抜かれバランスを崩す。その隙に眉間を貫いた。
「今のは……」
 誰だろう? 見回すと躯の山から少し離れた位置でボウガンの構えを解いた人物がいる。
「……嘘」
「ステラ、大丈夫か?」
 クロトキが身軽にベッドの位置まであがってきた。そして、ステラの視線の先を見て小さく息を吐く。そして絶命した女を一瞥。
「……これも一撃か。ゲンカイ師の技は、苛烈だが慈悲深いな」
「……」
 せめて苦しまないよう一撃で。おまえが受ける苦しみは、私が引き受けるから。
「……それができぬならば、武器を取って戦うことをやめろ」
「ん?」
「ゲンカイ師匠に、一番はじめに……教わりました」
「そうか」
「うわっ、なんだこれ。気持ち悪い臭い……」
 下ではアレッティオがおそるおそる部屋に顔をつっこんで、躯から発せられる悪臭に顔をしかめている。
「お二人とも、とりあえずでませんかー?」
 アレッティオをなだめつつ、それでもステラから視線をはずさずエミリオが呼びかける。
「あいつの言うとおりだ。とりあえずここからでようステラ。もう俺たちにすることはない。あとはギルドがどうにかするさ」
「……」
 クロトキに軽く頷いてそこから飛び降りた。その拍子に、まとめていた髪の一部が落ちてきた。
「……はぁ。ステラもクロトキもおっかねーし臭いし、いいことなしだよ全く」
 アレッティオがぼやきながら来た道を戻る。
「あ、ちょっと待ってください、パートナー置いていくのはひどいですよ!」
 わざとらしいほどに明るい声でエミリオが先に行った現在の相棒を追う。内心ステラはほっとした。

 外にでると大雨だった。これでは落ち着いて帰れそうにないので、洞窟に雨宿りをしたりギルドが設営しているテントで休んだりとそれぞれ思うように過ごしている。結局後発組で、ステラのパートナーの大半が来ていることを知った。複数あるテントの一つを占拠して賑やかだ。
「ニケと、オルガと、フォルカーと、ラニ・ラトは拠点防空部隊だから来てないけどね。あとはメルフィとマリアシャルテか」
「フォルカーは、違法開拓者だから、こういうトキこれないケドね」
 デイジーの説明にアーシャが補足する。
「まあ、奴は仕方あるまい。だが裏通りの巡回は自発的にやっていた」
「おおっ、格好いいじゃん」
「……まあそうかも」
 デイジーが純粋に賞賛するとシグリッドが微妙な表情をしているが、何となく和やかな空気になる。
「……で、ステラどこ?」
「あれ? さっきまで居たような気がしたけど」
 それぞれが辺りを見回すがテントの中にはいない。
「……僕、探してきます」
 入り口に一番近いところに座っていたエミリオがそういって立ち上がる。クロトキが微妙な表情をするがそれも仕方がない、と頷いた。

 大雨だがステラは槍を持ったまま外に立ち、空を見上げていた。何かが見えるのだろうかとエミリオもみたが彼にはわからない。
「ステラさん、風邪引いちゃいますよ」
「……」
 返事はない。ただ雨に濡れるまま空を見上げている。
 いや。何かのつぶやきが、雨音以外の音が、男の耳に届いた。
「……だから。だから嫌なんだ。……人がらみの争いは……」
「……」
 拠点の依頼は魔物との戦いだ。まれに盗賊退治もあるが少ない。対人戦闘はほとんどない。
 だから、戦い続けられる。
 人相手では、言葉以外の何かを受けてしまう。ちょうど、今のステラのように。
「戦場では戦う兵士たちも心が傷ついていくって聞いたことがある。きっと、こういうことなんだろう」
 あの女のしたことは決して許されるべきことじゃない。何人も傷つき倒れ、そして死んだ開拓者もいる。けれどその発端はただ、自由に動ける体がほしかっただけ。それを思うと、直接手をかけなかったエミリオですら心が痛い。いわんやステラをや。
「何かの利害を考えれば考えるほど動けなくなるもの。だから、あの人は開拓者であることを選んだ、のかな」
 結局ステラに声をかけるのはそれ以上やめた。きっと、耳に入らないだろうから。


 拠点に戻ってもしばらくは雨続きで、その間のステラはやはり風邪を引いて寝込んでいた。ようやく雨がやんで、彼女自身も体力を取り戻さないと、と思っていた頃に来客。
「はいはいなんです?」
「僕です」
 戸を開けるとエミリオがなにか布に包まれた長いものをもって立っていた。
「風邪の具合は大丈夫ですか?」
「あ、はい……熱は引いたし」
「それはよかった」
 屈託なくにこりと笑う男に思わず聞いた。
「……見たんですよね?」
「はい、ばっちりと」
「なら……」
 怖くはないのだろうか。実際アレッティオは怖がっていたのに。
「格好いいな、と」
「はい?」
「いやぁ、僕じゃどうしたってああは行きませんからね。なんというか、すごく格好良く見えたんです。普段と違ってすごくきっちり髪の毛もまとめてあって、ああ、あれがステラさんの槍に対する心意気なんだなーとか……一言で言うと、男前、でした」
「は……?」
 男前って何。それは女に使う言葉なのか? 心底から疑問だ。
「ああ、なんかすいません。親父さんからの使いなんですよ。これをって」
 渡された包みを見ると新しい槍。マリアシャルテのものと同型の。
「って言っても僕が勝手に持って行くって言っただけなんですけどね。ステラさん、あのときの槍はどうしましたか?」
「えっ? ええと……戻ってきて、たぶん装備部屋に放り込んだと思うんですが……」
「……よければ、僕が預かります。いやむしろ預からせてください」
「それは……」
 ステラは横に頭を振った。あの槍は自分が持たないといけないものだ。あのとき二度目の死を与えた死体たちと、あの女の痛みを抱え続けなければならないのだから。
「あー。いやその、お手入れを……って思ったんですが」
「手入れ」
「やっぱり使ったままの武器をそのままにしておくのは僕の性分に合わなくて……ちゃんと返しますから」
「……かんがえておきます」
「前向きでよろしくお願いします」
 槍に通じている以上、その手入れの方法もステラは通じている。それを知った上でエミリオは自分が預かると言った。どういうつもりなのだろうか。考えてもよくわからない。
「あっステラさん!」
 病院に詰めっぱなしだったメルフィだ。
「マリアシャルテさん! 意識戻りました!」
「ほんと!?」
 着の身着のまま、とりあえず病院に走り込む。ベッドに横たわりながらもしっかりステラを見つめる瞳。
「マリア……マリア!」
「うふふ、ステラさんどうしました? 私はちゃんと生きてますよ。そんな、死んだときのように泣かないでくださいな」
「よか、よかった……! よかったよ……」
 恥も外聞もなくボロボロと涙を流しているステラ。それを困ったように、けれどうれしそうに見つめるマリアシャルテ。
 行きがかり上ステラの家の戸締まりをしてきたエミリオがみたのはそんな構図だった。
「……そうか。ステラさんのスイッチは、ここだったんだ……」
 この騒ぎが起きて、自分自身はボウガンが使えるので拠点防衛の方に回っていた。そのせいでほとんどステラと会わなかったが、ある時点から彼女の様子が変わった。それが、マリアシャルテの負傷だったのだろう。
「うわぁーん!」
 友のために。友の居場所のために。そして、自分の居場所のために。ステラは今一度槍をとった。
「あれは、あの技は、ここではふさわしくないって、ステラさんはおもってたんだな」
 未だ持ったままの新品の槍を見る男。
「けれど慈悲の一撃。クロトキさんも言ってたけど……一撃で逝けるのは幸せだ」
 魔物相手に何度も攻撃をして、結局致命傷に至るまで相当な時間がかかってしまう自分にはとうていできない。
「あ、マリアシャルテさん。あなたの槍預かってました。ここに置いときますね」
 一声かけて、泣くステラを眺めつつ槍を枕元に立てかけた。
「そうなのですか、ありがとうございます。鍛冶屋のご主人にもお礼をお願いします。治りましたら、必ずまた顔をだします」
「はい、お待ちしてますね」
 言いつつエミリオは部屋をでてステラのことを思う。
「覚悟を秘めた顔って、どうしてあんなに綺麗なんだろうな」
 槍を思うさまふるうステラを思い出す。アレッティオは怖いと言ったがエミリオにはとても格好良く、そして綺麗に見えた。研ぎ、輝きを宿す刃と同じだ。
「ここまで言ったら絶対怒り出されそうだ。というか刃物と一緒にしちゃダメだよなぁ。でも刃物みたいだったもんなぁステラさん」
 あの状態のステラになら殺されたっていい。もちろん、本当に死ぬのはごめんだが、そういう事態になるならもう一度みたいものだ。そんなことを思いつつ鍛冶屋に戻っていった。


「あ、あれ? あのときの槍がない」
 戻ってきたとき熱でもうろうとしていて、とりあえず装備品すべてをはずしてベッドに潜り込んだが、装備部屋に放り込んだことだけは覚えている。なぜなら部屋入り口に置いてある小さなテーブルの足に小指をぶつけて声泣き号泣をしたからだ。
「なんで? どうして?」
 考えているうちに、エミリオがあの槍のことに言及したのを思い出す。
「まさかと思うけど」
 半信半疑で鍛冶屋に向かう。
「エミリオさん。……もしかして、あの槍持って行きました?」
「あ、はい。預かってますよ」
 悪びれもせず言われて拍子抜けする。が、すぐ立ち直った。
「いやあれは私が持っとかないと。いったいいつ持って行ったんですか」
「先日、マリアシャルテさんが目覚めたといって飛び出して行かれたとき、ですね。ちょっと失礼しました」
「ど、どうして?」
「……肩代わりはできません。切り、突いて、叩き割った感触はすべてあなたの手にありますから」
「……はい、そうです」
「だからせめて、思い出さないように。あんまり思い出していると、いつかきっとあなたがつぶされてしまう。そう、思ったんです」
 それは嫌だ。言外に強い感情を感じる。
「もう少ししたらお返しします。けれど、今はまだ僕が預かります」
「……」
 にこにこと笑いながら言われたらそれ以上追求できない。それに正直なところ、手元にない方が言われたように思い出さない。初めて人を切ったとき、三日三晩うなされたことをふと思い出した。
「……鍛冶屋のやることとしたら逸脱してる気がしないでもないがな。まあ、いいだろうよ」
 やりとりを聞いていた主人が口を挟む。
「どうせおまえはここにいる限り槍は得物にしないんだろう? ならこいつに預けて置いても構わないのではないか? いるならすぐ持って行かせる」
「……なんか二人して私をからかってませんか?」
「いえいえ、そんな」
「俺は……少し、からかってみた」
「え」
 およそ冗談など言いそうにない人間が冗談を言うとどう応答していいか分からなくなる。ステラは治ったはずの風邪がぶり返したような倦怠感を覚えた。
「……わかりました……そのうち返してください……」
 結局槍を取り返せず鍛冶屋を出る。樹から落ちる水滴の音を聞いて、ふと空を見上げた。
「あー……晴れたんだ」
 厚い雲はまだ残っているがその隙間から青空が見える。
「たまには空見るのもいいかも」
 事件も解決したし。若干腑に落ちないが。特に「男前」の一言と槍の行方が。うまくごまかされた気はする。それでも、あのステラを見てエミリオは恐怖しなかった。十分だ。
「まあいいや。解決したした。ならギルドが通常営業に戻ったか見に行こうっと」
 足取り軽く、ギルドに向かうのだった。



END


 槍持ちお嬢の再来後編。「槍持ちステラは表に出すな」というお言葉を頂いたことがあるけど、これが本領発揮中。返り血を浴び、肉片をまといながら、一撃の慈悲を贈り続けるのです。
2013.11.12

 

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