Kurotoki

 

「つかぬことを聞くが……なぜ俺なのだ?」
 いつものようにピースーの森で夜空を見上げるステラにクロトキが聞いた。
「……エミリオに知れたら後から微妙に絡まれるんだが」
 ステラに聞こえないように愚痴る。
「なんでって……」
 しばらくステラは考える。
「いつもはエミリオさんなんですけどね。こんな依頼、素材収集にも戦闘訓練にもならないからみんなにお願いするのちょっと心苦しくて。でもエミリオさんはこないだ、クロトキさんと話してた件で鍛冶屋から離れられないし」
「……ああ、あれか……」
 さすがの侍も、数日飲まず食わずぶっ通しで刀のことについて喋る羽目になったあの件は忘れようにも忘れられない。若干トラウマになっているので早く忘れたいところだが、少しでも空腹になると妙な危機感を覚えるようになってしまった。
「親父さんも困ってて声かけようとしてたところに鉢合わせたんだけど、明らかに鎚振ってる目つきが尋常じゃないからやめといた方が良いって言っときました」
「……恐ろしい奴だ」
「あれからご飯も食べてないんだって女将さん心配してましたし」
「……ますます恐ろしい奴だ」
「ねー」
 やれやれ、といったようにステラが肩をすくめた。
「で……マリアとニケとデイジーはショッピングで留守、アレッティオはオルガに捕まって子供たちの遊び相手、レインヴァルトさんはボリスさんと模擬練、シグリッドはルーティルとクエスト、ラニ・ラトは長の仕事が立て込んでてフォルカーさんは行方不明、アーシャは里帰り中でメルはお仕事。ダンデスさんは月一の甘味大会が忙しいって」
「……フォルカーとダンデスの理由が釈然としないが……俺を選んだ理由は分かった」
「うん、暇そうだったから」
「……」
 確かに暇だった。が、そうはっきり言われると思うところが出てくるのが人間である。
「よけいなお世話だ」
 ステラから離れ、おもむろに刀を抜いて型を始める。どういう流派なのかは彼女には分からないがそれでもかなりの腕前なのは分かった。
「動きの切れがちがうよねー。レインヴァルトさんも刀使えるって言ってたけど、クロトキさんにはやっぱりかなわないんだろうな」
 生粋の侍だ。生まれたときから刀に慣れ親しんでいるほどだろう。が、これ以上考え込んでいるとよけいな過去も思い出しそうなのでやめた。
「そういえば今日は赤ちゃん大丈夫なのかな?」
 今日はまだあの母子連れには会っていない。
「ここくるようになってからそれなりに時間経ってるから少しは落ち着いてきたのかな。それならお母さん楽なんだろうけど……ということもないのか」
 集落の方から赤ん坊の泣き声。立ち上がって型を続けるクロトキの脇をすり抜ける。
「こんばんは、お母さん」
「あ、今日はあなたなんだねぇ」
「はい。私です」
 時折ステラ以外の開拓者もこの依頼を受けているらしい。初心者にはちょうど良いレベルなんだと、ギルド長が言っていたのを思い出す。もしかしたらそういう開拓者のためにこの依頼は恒常的にでているのかも知れない。
「そうそう、前から聞こうと思ってたんだけどお名前は? 私はセリ、この子はイールっていうんだけど」
「ステラっていいます」
「素敵なお名前。ありがとうねステラちゃんいつも声かけてくれて。イールがね、あなたの子守歌じゃないと嫌だってさ」
「あはは、それは悪いことしちゃいましたね。いつも来れる訳じゃないし」
「ああ、それはいいんだよ。気にしないで」
「そっか、イール君っていうんだね、素敵な男の人になるよきっと」
 いつものように泣く赤ん坊を受け取りあやす。しばらく泣いていた赤ん坊が少し落ち着く。
「良い子だね。お母さんあなたのこと大好きだって」
 ゆらゆらと体を動かしつついつものように子守歌。ぐずる子は少しずつではあるがおとなしくなっていく。
「眠くて眠くてたまらないんだね、ほら、ねんねしていいんだよ」
 かつて子守をしていた頃からこれだけは不思議と得意だった。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。
「……寝ちゃいました」
「さすがだね……いつもありがとう。お礼っていっても何もできないけどさ、なにかあったらいつでもおいで……」
「ありがとうございます、セリさん」
 二人に手を振って見送り、また星空を、と思ったらクロトキが酢を飲んだような顔でこちらを見ていた。
「……あのー。どうしました?」
「い、今の歌は?」
「子守歌ですよ、ありふれた」
「いや、子守歌ぐらいは俺でも分かる。だが……倭文語だぞ?」
 いったいおまえがどこで聞いたのだ、と眉間にしわを寄せている。
「あ、はい、倭文語です。この辺とはずいぶん感じが違うからか、みんな結構聞き耳持ってくれてそのまま寝てくれることが多いんですよね。耳慣れないだろうに」
「いやだから……」
「あれ? 聞いてませんか? 私出自は倭文ですよ」
「……いったい誰にそんなことを聞くというのだ?」
「ウツギさんが知ってるはずですが」
 言わなかったのだろう。思慮深い人だ、とステラは思う。
「あの御仁は必要以上のことはあまり言わん」
「そうみたいですね。またお会いできたら謝らなきゃ」
 心の中の用事メモ上位にランクイン、と頷く。
「しかし……おまえが倭文の出とは……とてもそうには見えんが」
「ですよねー。自分でも嫌になりましたもの。父親に似たらあんなにないもの扱いされなかっただろうのに」
「……得体の知れないものにはきつい土地だからな」
「失礼な話です。私はただの人間なのに」
 それでも田舎の山里では珍奇に映る。
「……」
「ま、いろいろあって大陸に来てここにいるわけです。以上説明終わり」

「なるほどな……」
 ごくごく簡単に話をすませてまた空を見上げた。クロトキもなんとなく察したのかそれ以上は言わない。それはとてもありがたかった。倭文の国がどういうところなのかを知っている、だから何も言う必要はない。
「ああ、良い空」
「これのためにこんな依頼を受けているのか?」
「はい。ここが一番。ここの夜空が一番好きです」
 あとはあの赤ちゃんにも会いたかったりする、と苦笑いをした。
「他にも夜依頼は結構あるんですけどねー。なんか、違うんです。なのでやっぱりここ受けちゃいます」
 にっこりとステラは笑った。


「なに? ではおまえはゲンカイ師に直接教えを受けたというのか」
 子守歌の話がきっかけで不思議と倭文の話に花が咲いた。
「はい。後から話を聞いたらすっごい人だったんですね。最初聞いたとき嘘だと思いましたもの。あんな陽気なおじいちゃんなのに」
「……槍使いの間では伝説として語られる人だぞ。俺の知り合いにも槍を得意とするものがいたが、かの師ほどのものはいないと絶賛していた」
「へー、そうなんですか。いやほんとに、一番近くで道場開いてたから行ったって位なんですけどね」
「近所に住んでいるとそういうものなのかもしれんな」
 クロトキが何となく納得する。
「それでおまえは槍は得物にしないのか」
「あー、使えないです、ここじゃ」
「……言われればそうだな」
 一撃必殺、自分自身を生き残らせるための技だと噂に聞いたことがある。戦場で敵に囲まれた際師が生み出したとか何とか。
「ここは単独行動は禁止ですしね。相棒守らないといけないから戦い方変えないといけない。それ知ったの、ここにわたる直前だったのであわてて剣買いました」
「ほう」
「剣は、大陸わたってすぐの頃に軍隊入ったことがあって、その頃習ったんですがこれがまあ見事に忘れてたわけです。今はまあ少しはみれるようになったけど、開拓者になった頃なんか酒場のネタになってたとか……」
 アレッティオがこれでもかと言うほどに大笑いをしてくれたことは実は地味に根に持っている。
「なるほどな。あいつなら笑いかねん」
「なので箒で黙らしときました」
「箒?」
 簡単に風切り音からの流れを説明する。
「ふむ、確かにおまえの言うとおりだな。得物などただの道具、使い手の資質が試される。だからこそ、箒で人が殺せるわけだ」
「まーさすがに殺す気はないです。……加減できなくてちょっとやばかったですが」
 ステラが肩をすくめるとクロトキの表情が少し和らぐ。
「腰を抜かした姿が目に見えるようだ」
「あれ以後、私の剣に関してもあんまり言わなくなったからだいぶんやりやすくなりました。朝からダンデスさんに稽古付けてもらえてますしね」
 明日の朝は無理だけど。さすがに夜依頼を受けた後には免除してもらっている。けれど雨が降ろうが風が吹こうがダンデスはステラの家にやってきて彼女を連れ出し広場周回からスタートするのだ。
「ここでもなかなか良い師匠に恵まれているではないか」
「はい!」
 実際、そういう運はかなり良い。ダンデスも、最初はいろいろ言っていたが何が気に入ったのか、ステラのことは目をかけてくれている。
「とてもうれしいことだ」
 思いながら空を見上げれば満天の星がぽっかりと開いた空間から見えている。
「今回も何事もなく終わりそう。たまにはやっぱり農作物を荒らす獣や魔物はでるんですが」
「たまにはそういう依頼もよかろう。先日の、火口に引きずり込まれそうな戦闘はしばらくはいい」
 あの辺を拠点にしているゴーレムに引きずり込まれそうになったのを思い出すクロトキ。とっさに関節部を叩ききったので事なきを得たが。
「あー、暑いとこは私もしばらくパスします……まだ火傷残ってますし」
 みます? と服の裾をまくり上げようとしたがあわてて止められた。
「おまえは恥じらいというものを知らんのか! 風呂でも半裸でウロウロしているし……」
「最初は驚きましたよ、倭文ではきっちり男女にわかれてますもんね。でもそんなこと言ってても風呂には入りたいしかといって分けてくれるわけでもなし」
「それはそうだがしかし……恥の文化は……」
 気むずかしい顔をして腕を組む様をみつつ、ステラは星空を堪能した。

 まだ夜は明けきっていない早朝、ガーディアンを含めた一行は拠点に戻ってきた。
「本当にありがとうございます。おかげでまたしばらくやっていけます」
「そうか。おまえにとってどういう場所かは俺にはわからん。が……」
 軽く咳払いをするクロトキ。
「もし、もしだ。あの刀匠の都合が悪いなら、俺を誘ってくれても構わん」
「ほんとですか? わぁ、うれしいなぁ」
 一晩でなんだかクロトキとの距離が近くなった気がする。どんなことであれ、人とわかりあえることは嬉しい。最初が「犬」呼ばわりだっただけに余計だ。
「じゃ、お互いゆっくり休みましょう。それではまた」
「ああ」
 ステラを見送り自分も定宿へ。が、ふと英雄像手前で足を止めた。
「……嫌な予感がするが」
 この先からなにかしら視線を感じる気がする。いや、何もない。ないはずなのだ。覗いてみても朝靄がかかりあまりはっきりとは見えない。
 だから、たとえば、たとえばの話だが、数日間鍛冶屋の作業場に陣取っていてその間飲まず食わずで幽鬼のようになっている刀匠がそこにいるとかは、たぶんないだろう。むしろ考えない。考えないったら考えない。だがどうにも一抹の不安が拭えない。
「……く、君子危うきに近寄らずというしな」
 結局元来た道を戻り、門番に近道を教えてもらって港にまわりそこから裏通りを目指した。


END


 クロトキ編。同じ倭文人同士というのと、例のイベントを書かなきゃならんと思ったw
2013.11.1

 

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