「ステラちゃん、これって……あれだろ? ウエディングドレスって奴でしょ?」
「え、そうなんだ。助けたデザイナーさんが教えてくれたんですが」
「これはちょっと値が張るよ」
「まーそうでしょうねー。私は特に興味ないんですが、他には興味ありそうな人いるだろうし、出して置いていいんじゃないですか?」
 時折、こうやって衣装の作り方を教えてくれることがあり、さすがの鍛冶屋の主人も服飾は苦手と見えて、全部道具屋の女将が手がけている。難しそうなものになれば拠点の専門店に依頼したり本国まで依頼をだしたりしているようだが、おおむね女将がやっていた。
「え? 真っ白のウエディングドレスは女の子の夢でしょ? ステラちゃんだって、いつかきっと誰かと着て並ぶときはくるわよぉ」
 ちらりと、己の主人の手伝いをしながらこちらの会話に聞き耳を立てているエミリオを見てからステラに向き直った。ステラはそんな女将の様子には気付いていない。
「いや……ほんと、無理だと思います。一万歩くらい譲って、色が付いてるならまだしも、真っ白は……正直袖通すとか考えたくなくって」
「……あら。ごめんねステラちゃん。あたしも、あたしの友達も憧れたから、てっきりあなたもそうかと思っちゃった」
「いえいえ、私の問題ですから。いつかは通せる日が来るかもしれませんが、十年二十年じゃ多分無理ですねー。って、そんなことはおいといて、女将さんも憧れましたか。昔の同僚とかも、そこのお嬢様が結婚したときとか言ってましたね。そうか、そういうもんなんだ」
「……うん、まあね。そういうもんなんじゃないかって思うけど……」
 女将が知っている女は基本的に憧れてきていた。開拓者や他の戦闘職についているものであっても、多少は気になる程度には気にしているものが多い。けれど、袖を通すのも嫌だというほど忌避しているのはステラが初めてだ。
 正直、かなり面食らったがそれはそういうものなのだろう。いろいろな人間を見てきたものとして、それは認めておくべきだ。
「女将さんも着たんですか?」
「あたし? あたしはねぇ、忙しかったからさ。鍛冶だってまだあの人が独り立ちした直後だったから余裕なんて全然なかった。最初に手伝ってくれっていわれてからかれこれ何年になるかしら……とにかく数えきれない時間ねぇ」
 中空を見上げながら女将は過去を思い出す。
「お客さんにどうにかしてきてもらわなくちゃってそればっかり。少し余裕ができたなって思ったら今度はここへのお誘いがきちゃってさ。あの人が、ついてきてくれっていうからきて、また一から手探りよ。今ほど開拓者だって多くなかったし」
「俺はそんなことは言っていない」
 作業場からすかさず声が飛んでくる。
「言ったよぉ? あたしの耳は今でも一字一句違わずに覚えてるんだ、そらんじてあげようか?」
「わかった止めろ」
 女将がさあ、と息を吸い込んだところで鍛冶屋が止めた。
「ふん。まったく、いい格好しようとするからいけないんだよ」
「あはは……」
 ステラが苦笑いを返してくる。ふと見ると作業場のエミリオも似たような顔をしていた。鍛冶屋は変わらず鎚を振っている、ようにみえるが少しテンポが速い。
「ま、とにかく息つく暇もなくここに来てそれからずっと働き通しだよ。だからそんなドレスとかは着る余裕なんかなかったねぇ」
「そうなんですか……」
「そ。まあおばちゃんの昔話なんかこれでおしまい。あと他に何かいるものある?」
 女将の申し出にステラはやや考えてから頷いた。
「じゃああとは……お薬いくつかもらえますか? ちょっと沼地行ってきたから毒消し薬いっぱい使っちゃって」
「ああ……いいよ。ステラちゃんお得意だからおまけしてあげる」
「やったぁ! 女将さんありがとう!」
「いいのよ。あたしはあなた気に入ってるんだから」
 おまけだと渡された袋をのぞくと薬瓶がいくつかと小さな菓子。女将をみればにやりと笑うのでステラも笑って礼を言うのだった。


「で。ウエディングドレスを作ろうと思うの」
「……ステラの話、基本的に唐突。さっぱりわかんない」
 アーシャから文句が出た。
「ステラ、ウエディングドレス着るの?」
 ディジーが身を乗り出して来るのでそれを押さえる。
「……道具屋の女将だろ? 話してんのに行き当たったし」
 首を回しながらアレッティオが指摘して、フォルカーとダンデスが頷く。
「まぁ要するにステラ、おまえさんのお人好しがまた炸裂しようって話だろ?」
「失敬な。そこまでお人好しじゃないですよフォルカーさん」
 思いっきり舌をつきだしてから腕組みをする。
「でさ。素材がね、すごく手に入りにくくて困ってる。いったいどこに使うのかっていうのでさ……」
「何使う? アタシ持ってるかもだけど」
「……悪魔っぽい羽根……」
「は?」
「聞いたことねーな」
 その場の全員が呆けた顔をした。正直なところ、ステラ自身もこの素材のことはさっぱりわからず、女将に思わず聞いてしまっていた。
「よくわかんないけど、イクでほんの時々見つかるんだって」
「……はぁ。なんかやりたいことはわかったよ。つまりは、材料を探そうって話ね?」
「うん……」
 ディジーの言葉にステラは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「みんなに手伝ってもらえたらなって……思ってはいるんだけど、正直どんな感じなのかさっぱりわからないからさ……最初から降りてくれても構わないよ。もちろん途中で降りてくれてもいいし」
「……」
「……」
 室内が静かになる。ステラ自身は、無茶な話だから仕方がないと思う。いつできるかわからないが自分一人でもこつこつ集めればどうにかなるだろうとは思う。
「……仕立てとかはどうするのさ。女将さんが店に出すでしょ、そういう、明らかに一点物にしかならないやつって」
「ん? ああ、マリアがね、使ってるところでもあってね。そっちから入れてくれるって話しといた。ちょっと今日マリアは用事あって来れないんだけど。また聞いといて」
「へぇ、あの子の……」
 アーシャが意味ありげに頷いているが、とりあえずステラはそれをどうこうする気はない。
 声がとぎれ、また室内は静かになる。時折もっちぃが小さい声で鳴く程度だ。
「あー、やっぱ無茶だよね」
「いや、誰もそんなことは言っていない。俺の場合は今後の予定を考えていた」
「あ、あたしも。割と空いてるようで詰まってたりするからあんまり回数こなせないかもなのよ」
「アーシャなら空いてるよー。いく、ね?」
「え……?」
 首を傾げるステラをよそにパートナーたちがああでもないこうでもないと予定を話し合っている。
「そうだステラ、期間はどれくらいにするんだ?」
 フォルカーの唐突な質問に面食らう。
「ええっと……特に決めてないですけど……」
「いや、そりゃ良くねぇ。期間切っといた方が絶対完成する。そーいうもんだ」
「そうだな。経験ある」
 フォルカーの指摘にダンデスが付け加えた。
「……行ってくれるんだ……みんな」
「そりゃなぁ。お前さんからの、初めての頼みごとだぜ? 気付いてないと思うけど」
 最年長者の鷹揚さでもって老開拓者は笑う。
「そーよ? ステラ、本当になんにも言わない。アーシャたち、頼ってくれない」
「ねぇ」
「全くだってーの。そんなに俺ら頼りなく見えるか?」
「そりゃあいつに比べりゃ頼りなく見えるんだろうけどよ? だからってお前のパートナーは他にもいるんだから頼れって。悪いことはいわないから」
 アレッティオとフォルカーがにやにや笑いながらステラをみる。が。
「……あいつ?」
「は? いや、そんな反応されるとは思わなかった」
「おいおいおい、あいつったら一人しかいねーだろ、お前一緒に依頼いってるじゃねーか……」
「あ、エミリオさんのことですか。いや……別に、あの人にも依頼遂行以外のお願いってしたことない……得物の手入れは向こうからかってでてくれたんですよ」
「……はー。お前ってほんとなんつーか、ストイックだよな」
 アレッティオが肩をすくめた。
「そうかな。必要じゃないからね。できることは自分でしてるよ」
「できる事って……明らかにできなさそうなことも一人でやってしあげてるじゃんアンタ。あたしにはとてもじゃないけど無理無理」
 ディジーもアレッティオと同じ意見だ、とばかりに頷いている。そうかな、と思うが、自分が他人を頼るのが苦手なのは昔からで、何でも一人でしてきたせいだと思い当たって肩をすくめた。
「じゃあ……半年くらいを目処にしようかな。それくらいの緩い感じでいけたらいいと思ってる」
「おうわかった。ソレで行こうぜ。できなくても文句はいわねーってことで」
「言わないよフォルカーさん。こうやって協力してくれるってだけで私とても嬉しいよ」
 ステラが感慨深そうにつぶやけばダンデスが豪快に歯を見せて笑い出す。
「おまえさんの力だよステラ。ま、俺には及ばないがな」
「あはは、そうかもですね」
 つられて全員が笑った。

 その数十日後、ギルド長が、妙にイク行きの開拓者が多いことに気付いた。
「……なんだこれは。偶然か? いや……違うか」
 依頼を取っていく開拓者の名前を見てああ、とつぶやく。
「ステラのパートナーたちか。何か始めたのか?」
「さあ? 私たちはよくわからないですが、見ていると何かを一生懸命探しているようです」
 資料整理を手伝っていたガーディアンの一人がそう答える。
「ふーむ……別にそれほどこちらとしても問題というわけではないのだが、あいつのパートナーは全員熟練といっても良いぐらいだ。他の高難易度の依頼をこなしてくれると助かるが……」
「ああ、そうですね。みんな残っていますね」
「期限が切られている物は特にはないから構わないんだが……」
「あ、ギルド長! こんにちは!」
「ん?」
 噂をすればステラだ。
「何だ。依頼ならそこの紙束だ」
「今日は依頼の話じゃなくてちょっと聞きたいことありまして。広場なんですが、ちょっと一日使わせてもらいたいなーって思ってるんですが、そういうのって大丈夫ですか?」
「何か大きな事件が起きていない限りは別に申告などいらんが、何をする気だ?」
「わかりました。まあそんなことが起きてたらとてもじゃないけど無理ですね。そんで、何するかって……秘密にしておいてくださいね?」
 と耳を貸せというのでステラの口元に頭をおろす。
「道具屋の女将さんに、ウエディングドレス着せてあげたいんです。でも秘密にしてて。今日やっと材料そろったから発注したくらいですし、まだ一月くらいはかかると思います」
「……ほう。噂によると、相当見つかりにくい材料があったとか……なるほど、それでお前やお前のパートナーどもがこぞってイクに行ったわけだな」
「そうなんです……って気付いてたんですか?」
 ステラが目を丸くしているので違うと手を振る。
「今さっき解決した分をまとめていて、イクだけが突出していたからな。何事かと思って見ていたらお前らだったわけだ」
「すごいタイミングだったんですね。イクで、「悪魔っぽい羽根」って材料が落ちてることがあるんです。これがもう泣けてくるほど見つからなくて。みんな良く手伝ってくれたなあって思いますよ……感謝です」
「ふっ」
 ギルド長はいつものように笑う。なぜ笑われたのかよくわからないステラは少しだけ肩をすくめた。
「喜んでくれると良いなぁって思うんです。サプライズってほら、される側もなんとなくわかってて知らないふりをするのが前提な部分ありますし。本当に全然女将さんにお知らせしてないから……」
「ふむ。まぁあの女将だ、大抵のことなら笑って受け入れるだろう。それが自分の子のようなものたちが一生懸命したことならなおさらだ」
「だといいんですが。喜んでくれなかったらま、私が原因なんでしっかりしかられときますよ」
 それがいいと頷いてギルド長に向き直る。
「じゃあ広場を使うのは基本自由でいいってことですね。でも使う前には一声かけます」
「わかった。俺も見てみたい」
「わりとギルド長ってミーハーですよね」
「何か言ったか?」
「いいえ?」
「……」
 若い者はこれだから。頭の端で思うが、かつて自分もそうだったなとすぐに表情をゆるめた。


 マリアシャルテから受け取った化粧箱の中身を確認し、大きく深呼吸をする。
「ついにできたんだねぇ……一ヶ月前とかほんと、みんなごめんって感じだったけど」
「それはもう言わないことですわ。何もかも終わったことですから。あとは道具屋の女将さんが袖を通してくれるか、だけなのですけれど」
「……当たって砕けてくるわ」
 化粧箱を抱えて道具屋兼鍛冶屋に向かう。入り口からそっと覗けば女将はエミリオと何か話していた。しばらくそれを見ていたものの、何も始まらないと息を吸う。
「こんにちはっ!」
「あらステラちゃんじゃない。最近ご無沙汰だったねぇ」
「こんにちはステラさん」
 エミリオが、抱えている化粧箱を見て納得したように頷いた。
「女将さん……これ」
「何だいこれ。あたしに?」
 怪訝そうな女将に頷くステラ。
「ふーん……」
 しばらく箱を眺めていたが蓋をとる。そこには純白のドレスが納められていた。
「……いつも、とてもお世話になっているから。私と、私のパートナー全員から、女将さんに……」
「……え?」
「憧れたって前に言ってたから……差し出がましいかなって思ったんですけど……」
「……」
 女将はドレスを持ったまま固まってしまっている。どうしようか、と隣のエミリオとささやきあうがなんとも反応がない。あまりに動かないので少しつついてみた。
「……あ、なんだい?」
「なんだい、じゃないですよ……固まってしまってなんにも言わないから心配したじゃないですか」
「……そりゃ固まりもするよステラちゃん。あなたのパートナー全員ってことはエミリオ、あんたも噛んでるんだね?」
「ええはい。僕ができたことはほとんどないんですけど」
「そんなことないんですよ? イクにずっとつきあってくれたし、ドレスの代金も出してくれてるし」
「それくらいなら蓄えあります、って、代金に関してはみんな頭割りしたじゃないですか」
「あ、あれ……そうだったっけ」
 頭を掻いているステラに少し不満そうに告げるエミリオ。そんな二人を女将はしばらく眺めていたが、やがて笑い出した。
「あっはっはっは! そう、みんなで! うんうん。ありがとうねぇ。あたしもうびっくりしちゃったよ」
「……相談もしなくてごめんなさい。でも、怒られなくてよかった……」
「なんで怒ったりするのさ。一生懸命考えてくれたんでしょう? うれしすぎて声もでなかっただけよ」
「……よかった!」
 満面の笑みでステラは外に飛び出して、待機していた女性陣に大きく手で丸を作る。それをみた女性陣が一気に店になだれ込んできた。
「ちょっとちょっとなんなんだいあなたたち!?」
「着てください女将さん!」
「そう! 着る! アーシャ着せてあげられる!」
「え!? ちょっとどういうことだいステラちゃん!?」
 いきなりのことに焦る女将にステラは笑みを崩さない。
「せっかくだから着た姿みたいです、女将さん!」
「……それが目的?」
「えへへ」
 ステラは照れくさそうに鼻を掻き、他の女性陣も似たり寄ったりだ。一同の姿を見回していた女将だが、小さく、仕方ないわね、と呟いた。

 晴天の広場に純白が咲く。それは女将に合った、非常にシンプルなドレスだった。かといってシンプルすぎず、所々の装飾が引き立つ。
「……へぇ。おまえさんの懇意にしてる専門店、良い仕事するな」
「当然ですわ」
 ダンデスがマリアシャルテに微笑まれて少しどぎまぎしている。
「親父さんには断固拒否、って言われてしまいました」
「仕方ないわよ、あの親父さんなんだから。こうやって広場に出てきてくれただけまだましと思わなきゃ」
「だねー。親切さんの力ってすごい」
 男性用も仕立ててもらったのに、とメルフィがため息を軽くついたところに、オルガとニケが慰める。
「協定国ではこういうものが結婚の儀に着用されるのか」
「の、ようだな」
 ギルドへの階段に腰掛けつつクロトキとラニ・ラトが女将を眺めていた。
「俺たちのところでは色とりどりの布と飾りで花嫁を飾る」
「ほう。俺のところは、やはり色は白無垢だ」
「あんな感じなのか?」
「いや、俺たちの装束だからあそこまで広がらぬ。倭文人はあそこまで華美な婚礼衣装はあまり好まない」
「普段の服を見ているとそうは思えんのだが」
 ラニ・ラトがさりげなく指摘してクロトキが酢を飲んだような顔をする。その背後、ギルドの入り口でレインヴァルトとギルド長が感慨深げに広場の様子を見ていた。
「まあいいでしょう。今日は、良い日だ。私も何かしら浮き足立ちます」
「そうだな。俺もなかなかこういうのには縁がないからな」
 何かしら浮き足立つ、そんな空気の発信源は間違いなくステラだ。その彼女は今、女将の横に立ってこれ以上ないほどに上機嫌にしている。
「女将さんが着てくれて良かった! ほんと、うれしい!」
「なんだいステラちゃん、涙ぐんでさ。あたしの方がうれしくて泣きたいよ」
「女将さんもう泣いてるよ!」
「あっはっは、そうだね!」
「……初めての依頼が、自分のことではなく女将のことだというのが、なんともステラらしい」
 賑やかな様子を眺めながらシグリッドが呟く。
「そう、ですね。でも、やっと僕たちを頼る気になってくれたのは……正直なところ、嬉しいです」
 できればもっと頼ってくれればいいのに。笑うステラを見ながらエミリオはそんなことを思うのだった。
 

END


 お嬢はこんな子。あと嫌がらせみたいなレア素材とかやめてください(涙)。
2013.10.21

 

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