裏通りの入り口付近に一軒の家がある。今日も今日とてふらふらと歩いていたステラは、それに気づくと軽く頷いて扉をノック。応えがあった。
「どなた?」
「あ、私。ステラだよ」
「……どうしたの。まあ入ってちょうだい」
 立ち話をしているのも危なっかしいし。オルガはそういってステラを家に招き入れる。
「あれ、子供たちは?」
「今は魔法学院に行ってるわ。しばらくはかかると思うけど。どうしたの? 子供たちに用事?」
「まさか。オルガにちょっと……相談」
「いいわよ、他ならぬあなただから」
「ありがとう……」
 よかったらどうぞ、とコーヒーと茶菓子を出される。だいたいここにくるといつも常備されていて、聞けば子供たちがほしがるから少しは置いてあるのだそうだ。
「で?」
「ええと……お世話になってる人にプレゼントしたくて。何が良いか考えてたら煮詰まっちゃったから相談に来た」
「……男?」
「えっ? あの、その……」
「ははーん。恋ね」
「こっ……そんなんじゃない!」
「相手は誰なの?」
「言わなきゃダメ?」
「……そこまで直球で返されると言葉に詰まるわね」
「……とかなんとか引っ張ってみたけど恋とか男とかそう言うんじゃなくて、ほんとにお世話になった人みんな」
「……なーんだ」
 いっぺんに興味が引いてしまった。こればかりは仕方がない。
「オルガ、その変わり身ちょっとひどいかも」
「だってあなたがついに恋愛ごと!? とか思ってテンションあがったのに、引っ張られたあげく『みんな』なんて答えになったら自棄酒の一本や二本行きたくなるじゃない」
 と、どこからともなく秘蔵の酒だと言って取り出してくる。
「どこから出してきたのそれ」
「いい女には秘密がいっぱいあるものよ」
「……」
 一人で考えている方がよかったのかもしれない。が、オルガは酒瓶は机におくものの飲もうとはしない。
「もっと単純に考えたら? 『みんな』の趣味は分かってるんでしょ?」
「うん。でもたとえばディジーにスパイス送ったら大量殺人事件の幇助とかになりそうだしさ」
「……」
 確かにそれはあり得る。というか、そうなるとやばい。本国から拘束に来ても嫌だ。
「それに、みんな好きなものだからこだわり絶対あるはずだし。そうなるとその辺じゃないのを送った方がいいのかなーって思って、だんだん訳わかんなくなってきたの」
「なるほどね」
 酒瓶をどこかにしまいコーヒーを飲みながらオルガは考える。
「……とりあえず煮詰まるのはよくないと思うわ。気分転換に、今日はうちでご飯でも食べていかない? 今日は特製シチューの予定」
「こ、心惹かれる魅惑的な夕食……」
 一瞬言葉に甘えようかと思ったがぶるぶると頭を振った。
「や、やめとく……実はこないだ山ほど買い込んだ食材が一気にやばいことになりつつあってさ。それどうにかしないと」
「そういうのはまとめて煮物にしちゃうと楽で良いわよ」
「なるほど。それは良いこと聞いた」
「たまには私の知識も役に立つでしょ?」
 冗談めかして片目を閉じるオルガ。
「いつも助けられてばっかりだよ、ありがと」
 ステラも笑顔で応じる。
「実はね、プレゼントと言えば私もちょっと悩んでて。メリルがそろそろ誕生日なのよ。何が良いかなーってずっと考えてる」
「そうなんだ! 素敵だねぇ。誕生日かぁ」
 私も何か買おうっと。メモを取りだして書き付ける。
「そういえばステラの誕生日っていつ?」
「え?」
「誕生日。聞いたことないわよね、確か」
「……」
 生まれた里の年の取り方が、一年の始まりに皆一つ年を取る、というやり方だったので正確にはステラにはいわゆる誕生日はない。
「生まれたのは……晩秋から、初冬くらいだった、って聞いたことはある」
 母がお産をしている間、格子窓から見えた空にずっと昴星が輝いていたのだという。だからステラの真名はすばるになったとか。彼女を取り上げた産婆が死ぬ前に教えてくれた。
「え? 何それ。何日?」
「私の故郷が大陸やこの辺とは違う年の数え方してたからねー。ぶっちゃけちゃうと新年が誕生日って扱いだった。みんな、ね」
「そんな数え方するところがあるんだ……世界って、広いわね」
「だからさー、こっちだと個人に誕生日ってあるじゃない。それがすっごくうらやましかったことあるよ。大陸来たばっかりとかのころね。今はもう年齢とかあんまり気にしなくなったけど」
「まあその気持ちはわかるわ」
 よーくね。若干ひきつりつつもオルガは笑う。
「そういえば何歳? これも聞いてなかった気がする」
「うーん。多分……」
 あの年に橋が流れて、あの年に日照りが来てたから……と指折り数えること数分。
「多分二十四、五ぐらい? こっちの数え方だったらもっと下になると思うけど……」
「え、嘘。もっと下かと思ってた」
 けれど、子どもと一緒になって走り回っているステラだけれど、時折沈んだ顔をしているときはひどく大人に見えたように思う。だから口では驚きつつもそうかもしれないな、とも思う。
「年を数えるってこともしなくなってたからねぇ。今自分で数えてみてちょっと驚いた」
 頭を掻いて苦笑い。
「じゃあ開拓者の紹介状とかってどうしたの。そういうの書くところあったでしょう?」
「適当に埋めといた」
「適当って……」
「そしたら通っちゃったからさ。正確さって意外と必要ないなーって思っちゃったよ」
「それは多分、紹介状の保証人の方が身元しっかりしてたんじゃない?」
 紹介状を偽造して違法にコフォル島にやってくるのを防ぐため身元のしっかりした人間が紹介状を持つ人間の保証をする、それが厳しい決まりの一つだった。中には保証人も含めてグルな場合もあるのだろうが、だいたいはそれでことが足りているという。
「うん。開拓者になる前に大きなお屋敷に住み込みしてたんだけど、そこのご主人様が保証人になってくれたんだ。商売とか手広くやってて社交界にも顔が利く人だったからさ、むしろ保証人を偽造したろってわたってくる直前に言われた」
「へぇ。そんな保証してくれるくらいの気前の良い方なのね。ステラ、あなた気に入られてたんじゃないの? 本当は手放したくなかったとか?」
「まさか。他にももっとできる人が居て、そっちはお屋敷残ったよ。どうにも中途半端になっちゃったからご主人様も哀れに思ったんじゃないかなー。でもおかげでぼちぼち開拓者やってられるからありがたいんだけど」
「あなたの家事能力は結構すごいと思うんだけど、それよりもっとすごい人がいるんだ」
「私お料理とか時々失敗するよー。だから基本子守とお掃除やってた。すっごい大きいお屋敷だからね、あれやこれやきちんとしつけられた。大変だったけどそれはそれでいい経験させてもらったよー」
 笑うステラにつられてオルガも笑う。
「ああそれであなたの動きがきっちりしてるのね。細かいところまでしっかりしてるからどんな経験してるんだろうっておもったけど。そういう大きなお屋敷でしつけられたならわかるわ」
「そんなもんなの? でもそれわかるってことは、オルガもどっかで働いてたりした?」
「ええそうね。昔、ね」
「オルガの昔の話とか聞きたいかも」
「あら、私はむしろあなたの方が気になるわよ? いったいどういう生き方してきたの?」
「……えーと」
「うふふ、これこそお酒入ってないとできない話よね。いいわ、また今度。たくさんお酒用意してあなたのうちに行くから。あなたの口が軽くなる程度に酔わせるにも、たくさん必要だし、ね?」
 以前に猫のゆりかご亭で手の空いていたパートナー数人と飲んでいたが、結局誰一人としてステラを酔いつぶすことはできなかった。いい気分で踊っていたかと思うと次の瞬間、素に戻っていて皆があきれていた。
「程々で頼むわ。あのときだって一人残ってたから支払い全部私がする羽目になったんだから」
 思いだし、財布が一気に空になった絶望を思い出し肩をすくめた。
「今度はパートナー全員でやりましょ」
「……途中で抜けるわ、ほんとに」
「ダメよ。あなたを酔い潰す会があるんだから」
「嘘でしょ」
「ほんと。男性陣は全員入ってるわ。いつかあなたを酔い潰して介抱ついでに持ち帰っちゃおうって魂胆らしいわよ。ちなみにご意見番はメルフィ先生ね」
「は? も、持ち帰りって何よ。私食べ物じゃないよ」
「うーん。ま、その辺は男性陣誰か捕まえて聞いた方がいいんじゃない?」
 多分、食べ物よりもおいしそうだ、と返ってくるだろうが。
「とりあえず気をつけなさいね。みんな、お酒はいると人変わってるし」
「うん、それはこないだわかった。まさかレインヴァルトさんが泣き上戸だとは思わなかったけど」
「……あなたにつきあって、最後まで残ってたらそうなるんじゃないの? マスター後で酒蔵半分なくなったとか言ってたし……お酒飲まなかったフォルカーより意識しっかりしてるってのはどうなのよ。途中泥酔するくせにすぐ醒めるんだから」
「そう言われても。昔からこんなだったんだけど」
「やっぱり宿酔いとかはしないの?」
「ぜんぜん」
「うらやましいわ。あの苦しさを知らないでいられるなんて」
「……ねぇオルガ。話がすっごくずれてない?」
 ふと我に返ったステラがオルガに指摘。年上の友人も、あ、という顔で肩をすくめた。
「ええと、なんの話だったっけ?」
「みんなに何あげようかって話」
「あ、そうね、そうそう」
 頷いてしばらく考えるオルガ。
「なんというか、多分、あなたが一生懸命考えたってことが一番わかるようなもの? 難しいけど……あとね、人って不意のプレゼントってすごく嬉しいものなの。だから考え込まないように。あなたが、あげたいっておもったものをあげたら良いと思う」
「……そうだね、そうする。ありがとうオルガ。なんか一人で煮詰まるのはダメだね」
 ステラも納得して頷いた。


 しばらくして。
「え? じゃあメルフィ先生もステラから贈り物あったんだ」
「ええ。私は、保温の利くカップをもらいました。普段机に座ってることがなかなかないので重宝してます。それに使いやすいんですよね」
「アタシ香辛料入れる保存瓶だったよ。どこで見つけたのか、すっごく機密性高いからいい味保ったままなんだよ」
 ディジーがメルフィの発言を受けて保存瓶を取り出す。明らかに真っ赤で、危険な香りがするのだが他人の口にはいらなければ大丈夫だろう、とニケは思った。
 決して値が張るものではない。けれど、何となくほしいかも、と思っていたようなものばかりで、ステラの観察力に驚かされる。
「『いつもありがとう』って一言も、ステラらしいよね。こっちの方がありがとうっていいたいのに。んで、他のみんなに聞いたらパートナーみんなに贈ったんだって」
「ほんとなのそれ」
 ニケがうんうんと頷いている。
「……何かおかえし、したいよね。でもあの子のほしいものってわかる?」
「いえ……あいにくステラさん、そういう欲求ほとんど出しませんから……」
「だよねー。ああでも食べることは好きだよね。なにかおいしそうなものとか贈ってみる?」
「よし、アタシが腕によりをかけて……」
「……病院が忙しくなるからやめて下さい……」
 メルフィが思わずディジーを止める。
「ええ? 何よー。そんなにアタシが作るものがおかしいっていうの!?」
「正直に行きましょう。もはや兵器足りうるかと」
「へ、兵器って先生……」
「……兵器、だよね……どっか敵陣にさ、ぽんっとふつーのおべんとの振りして置いといたら」
「あんたまでなによ!」
 メルフィの言葉に愕然としていたらニケから追い打ちを掛けられたので思いっきり舌をつきだした。
「とりあえず情報探ってみよう! きっと食べ物だとは思うけど……そしたら良いの手に入れて、ゆりかご亭貸しきって!」
「いいねそれ。じゃニケ、情報収集頼んだわよ」
「りょーかい!」
 ディジーとニケが手を叩きあい、メルフィも頼みますと頷くのだった。


END


 オルガ姉さんと会話したかったんだw ここのサイトにはちょいちょいそーいうよくわからない理由で出来上がった産物がありますwww んでまたゆりかご亭でパートナー全員巻き込んで酒盛りが起きた挙句、死屍累々の中一人立つステラに支払いを言い渡す主人が出現しているに違いない。やめたげて、この子万年貧乏なのにwww
 違う土地から来てるんだから習慣の違いがあったって良いじゃない、ってことでステラの誕生日はなく、数え年だったということになりました。なので実は二十三歳程度かもしれない。あまりその辺しっかり決めてない。決めるの面倒だt
2013.9.25

 

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