鍛冶屋の主人が仕事を終えた後、壊さない、あまり遅くまでしないという条件付きでエミリオは鍛冶場を借りている。そこで持ち込まれた武器を直していた。
 ステラのパートナーたちが、彼が刀匠だと言うことを知ってからそっと持ちこんでくるようになり、今では主人も心得たもので、エミリオが不在の時でも残して置くようになっていた。
「ええと、今回は、と」
 つけられているメモをみる。レインヴァルト、オルガ、メルフィ、クロトキ。あとは今日使った自分とステラの得物だ。
「一日留守にしたら貯まっちゃったな。急ぎ仕事は……なさそうでよかった」
 とりあえずメルフィの打撃武器を手に取る。
「先生は……やっぱり丁寧なんだけど、どこか荒っぽいって言うか、豪快豪放な使い方なんだなぁ」
 以前ステラから聞いたが、指一本とまでは行かないが指二本で相手の体をバラバラにすることはできるそうだ。あの優しそうな微笑みからまさか、と思うが、こうやって得物の扱い方をみているとさもありなんと思わないでもない。
「間違っても関節技とかかけてほしくないからつつかないようにしよう」
 ステラさんだって怯えたようになってたし。
「ええと、ここにゆるみが出てて……この意匠の飾りがとれてしまっているのか」
 ずり落ちてくる眼鏡を持ち上げつつ弱ってきた部分を見つけだして詳細にメモに残していく。時々武器レシピの載った帳面を繰って元の図面をみてはまた何かメモに書き込む。
「よし、次はもっと鉄をたたいて粘性をあげてみよう。先生の使い方だったらその方が合うかもしれない」
 言いながらメルフィの得物をメモごとひとまとめにして浅い箱に入れる。次はオルガだ。
「……あー。射出が弱いって、確かにこれは巻き上げネジが弱ってるんだ。これの予備は……明日親父さんに聞くこと、と」
 ボウガンを少しずつ分解して他に不具合はないかをみる。
「他には特になさそうだな。オルガさんはもっと命中精度上げたいって言ってたっけ」
 目をこすりながら過去の依頼を眺める。
「最初に比べたらだいぶんあがってるんだけど、戦闘だと一瞬の差が大きな差になることも多いし、要求としては当然か」
 確か彼女自身もかなりの使い手だったはず。以前、広場の端から小さなコインを射抜いて見せていた。彼自身もボウガンを使うことはあるが、とてもではないがあれほどの精度は出せない。
「あ、そうだ。銃に精度を上げる装備があったっけ」
 銃のカタログを今度はめくって目的の装備を見つける。
「……うーん。重そうだ。これは勝手につけたらクレームものだ。親父さん交えてオルガさんと話さないといけない」
 銃のカタログ何ページ、とメモに追記。どちらかと言えばメルフィのものよりこちらの方が優先度は高いので先ほどの箱の上に、オルガの一式を置いた。
「ふー。さて、クロトキさんとレインヴァルトさんは、どっちも単純な手入れなんだ」
 レインヴァルトの片手剣とクロトキの刀をとって並べる。
「毎回みて思うけど、どっちもすごい業物なんだよなー。こんなの作れる人を心から尊敬する」
 レインヴァルトの片手剣はキルケニア最高峰の職人集団の作。はじめに触らせてもらって銘をみたとき腰を抜かした。相当な間抜けな表情をしていたに違いない。レインヴァルトは苦笑しながらもエミリオに依頼内容を伝え剣を預けていったっけ。
「いくら刀匠ったって僕みたいな木っ端下っ端じゃあそこの作品なんかみたことほとんどなかったしな」
 師匠がかつて一度だけつてを当たって、ボロボロになってもう直せない剣を手に入れていたくらいか。それでもなお技術の高さはよく見て取れたのを強く覚えている。
「これこれ、この光沢。ふつうこんなの出せないよ」
 はーっとため息をつきつつレインヴァルトの剣を丁寧に拭いた。まずは残っている汚れを拭き取る。それだけで大分違うのだ。
「本気でやるのは明日に回した方がいいな。親父さんにちょっと日中借りられたらいいんだけど」
 レインヴァルトがらみならばおそらく許可はでるだろう。それにまだこの業物を一人で扱う腕はない。
「さてさて」
 クロトキの刀を手に取る。
「これぞまさに正真正銘、逸品だと思う。同じ刃だけど斬ることを主体にするだけでここまで違うとは思わなかった」
 遠く倭文の名もなき職人たちが、ただひたすらに愚直に斬ることに重きを置いて、無心にたたいてできあがるのだ、とクロトキが語った。精神修養もかねていて、神に捧げる供物として作り上げられることも多いとか。それもそうなのかもしれない。こんなに美しく輝く刃ならば、倭文の神がどういうものかは知らないが納得するだろう。
「その辺はうちのあたりとは全然違う。僕たちの作るものはただの戦いの道具で神様に捧げるものとしてはほとんど選ばれない。もっとその辺を向上してくれたっていいだろうのに」
 ルーティルあたりにぼやけば確実に反論されるから今しか言わない。
「そしてこの刀を振るう人々……侍だっけか、その心意気、こういう家業にいる身としては、そこまで作ったものを愛してくれるなら本望だ。ああ倭文、麗しき倭文。一度は行って、向こうの刀匠たちと語り合いたい……」
 そしてもっと刀の打ち方について学ぶのだ。拠点の倭文地区にいる刀匠たちとはもうすでに顔見知りになっていて、刀に関しては主人よりエミリオの方が習熟する形になった。今ではなんとか刀を作ることはできる。
 が、クロトキが持ち込んだこの倭文で作られた刀にはかなわない。せいぜい丁寧に拭き、研ぎ直す程度だ。もっともっと上手くなりたい。この輝く刃を己自身の手で生み出してみたい。
 ……しばし茫洋としていたがふと我に返った。
「またやっちゃった」
 どうもこの癖だけはどうにもならないらしい。
「……そんな大事な得物を、みんな僕に預けてくれる。一人一人の命を預かってきた、本当の意味での相棒を」
 人気のない作業場で一人天井を仰ぎ見る。自分は武器が好きでこの道に進んだが、そんな動機のものが触れて良いものなのだろうか?
『今、私はここにいて、愚直に生きてる。それがすべての証』
「……」
 何かの折り、ステラがつぶやいた言葉がふと頭に響いた。
「そうですね。今、こうやって僕に得物を預けてくれる。それが答えですね、ステラさん」
 今はきっと部屋で眠っているであろう、自分のパートナーのことを思う。そしてクロトキの刀を片づけ、片隅においてあった作りかけの剣を手に取った。
「……いつになったら、あなたに渡せるやら」
 ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返してだんだんなにがしたいのかよくわからなくなってきている代物。けれど、初めに彼女と約束した、彼女のための剣。
「槍……のほうがいいのかもしれないなぁ」
 ステラの槍術はその辺の人間など及ばないレベルだ。けれど今彼女は槍を使っていない。いろいろなことがしてみたいんです、問いにそう笑ったっけ。
「エミリオ、そろそろ火を落とせ」
 主人が作業場に顔を出した。
「は、はい」
 あわてて作りかけの剣を元の場所に置く。
「……そいつか」
 火の後始末をしていると主人があきれ半分、慈愛半分でエミリオをみていた。
「そのうちマジックアイテムができるんだろう?」
「いやっ、まさかそんな大それたものは」
 そもそもマジックアイテムなら町場の鍛冶屋では無理だ。何十人もの術者が魔法を込めてやっとできあがるのだから。
「俺にはそうなりそうな気がしてならんがな」
「無理ですよ……」
「まあいい。さっさと飯を食って寝やがれ」
「はい、ありがとうございます」
 女将が食事をまた作ってくれたのだろう。ありがたいことだ。押し掛けたあげく余っている部屋まで分けてもらい、食事も出してくれるとは。
「その分きちんと働いてお金をいれないと」
 そもそも本分は開拓者なのだから。
「アレッティオ君やラニ・ラト君あたりは鍛冶屋の店員とか思ってるけどね」
 それもまたいい、そんな風にさえ思う。
「エミリオ、さっさと来い!」
「はいっ!」
 主人の声に、走り出しそうだった思考を止めあわてて作業場を後にした。いつか必ずステラに渡す剣を完成させるのだと。そして、そのときには、自分の決意も告げるのだ、と、新たに心に誓いながら。


END


・細やかな武器に対する心遣いと丁寧で確かな仕事が評価されているが本人は気づいていない
 とゆー所感つか個人的設定つか、そういうのが最後の最後に書き足されてた。これも初期のころに出来上がってたお話です。
2013.9.11

 

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