「お姉ちゃんお姉ちゃん、何かお話ししてよ」
 英雄像の前で少女たちに呼び止められた。
「ええと」
 そうだ、なぜか行きがかり上入ることになってしまったプンクック団に所属している少女たちだ。ノトスの子と、二世の子で名はジーニとエナと言ったか。
「お話ー。してー」
「お願いお姉ちゃん」
「……本当にお話だけで終わる?」
 つい先頃、プンクック団団長であるサムトと一緒に広場からなにから走り回り、いい加減にしろとギルド主人にこっぴどく雷を落とされたばかりだ。この年になってしかられるのはそれはそれで堪える。
「それに私、鍛冶屋さんに用事があるんだけど……」
「エミリオお兄ちゃんでしょー?」
「あたし呼んでくる」
 エナが言うなり鍛冶屋に走り込んで行ってしまった。
「ちょっ! 違う……んだけど」
 単純に、手入れに出していた得物を次の依頼で使うから引き取りに行くだけだ。が、基本パートナーがエミリオなため、少女たちはステラが鍛冶屋に行くと言えばエミリオに用事があると思っている。
「間違いじゃないときもあるんだけどふつうに親父さんに話しにいきたかったんだけどな……」
 少女を呼び止めようとあげた手を下ろす前に困った表情のエミリオが鍛冶屋から引っ張り出されてくる。
「おねーちゃーん、つれてきたよ!」
「……ああうん……ありがとエナ……」
「痛い痛い、エナちゃん引っ張らないで、ちゃんと僕は歩けるから」
 思いっきり耐火エプロンを捕まれて苦しそうにする男に申し訳なさそうな顔を向けた。向こうも、心得ているとばかりに、少女たちに気づかれないよう頷く。そして男の手に何かが握られていることに気づいた。
「あ、それ……」
「修理終わったので持って行こうと思ってたところなんです。これでしばらくは大物とやり合っても大丈夫ですよ」
 包みを開けば修理を頼んでいた双剣。新品と違わない光沢を放っている。
「じゃあ、またエミリオさんが直してくれたんだ?」
「僕にできるのはそれくらいですからね。いつでも良いですよ」
「そんな。そもそも自分で手入れしないといけないのに」
「知り合いにそれを職にしてるのがいるんです、頼んで損はないですよ。他のみなさんのもだいたい僕がやってますし」
 聞けばアレッティオやマリアシャルテ、果てはレインヴァルトやフォルカーまで、ステラとパートナー契約を結んだ人間はエミリオに修理を頼んでいるのだという。
「……知らなかった。なんてみんな横着なの……」
「なので安心して頼んでくださいね」
「……」
 にこにこと笑って押されてしまえば何もいえない。代金もその笑顔のまま受け取らない。強化や製造、改造は受け取ってくれるが手入れだけのときは絶対に受け取ってくれなかった。せめてお金を受け取ってくれたらここまで気にしなくてもいいのに、と思うが。
「ねえ、お話おわったー?」
 ジーニがつまらなさそうに口を差し挟む。
「えっ? まあ確かに用事は終わったけど……」
「じゃあお話してー。早く早く!」
 エナがステラのローブの裾を引っ張る。結局そのまま英雄像に寄りかかるように座る羽目になった。
「せっかくだからお兄ちゃんも混ぜたげる」
 エミリオはエミリオでジーニに引っ張られてつきあうことになってしまった。
「お話、ねぇ。どんなのがいいの?」
「聞いたことないやつ」
「……難しい話だわ。こないだ話したのでだいたいストックが切れたと思うんだけど……図書館いくヒマなかったもんなぁ」
 立て続けに依頼をうけてたし。そう思えど少女たちには通用しない。深く深く記憶を探った。
「……」
 ひとつ、見つけた。少女たちにはきっと、ただの物語にしか聞こえない話。だが、ステラの様子を心配そうにみている男にはどう聞こえるだろう。夢物語と思ってくれるだろうか?
「昔々。遠い、遠い国に一人の女の子がいました。女の子は村の嫌われ者でした。お父さんは村の名士でしたが、お母さんは流れ着いた外国人で、その外見がその国の人とは明らかに違っていたからでした」
「……そんなことってあるの?」
 エナの素朴な疑問にステラは頷く。ジーニはノトスの出で、自分の部族と他との軋轢をみているせいか何もいわない。
「いろんな集落があるからね。その村では黒い髪の毛と黒い目がふつうだったんだけど、その女の子は違ってた。髪の毛は黒くなくて……茶色っぽかったし、目も……青かった」
 うん、その方向でいこう。後はどうか破綻しませんように。
「女の子のお母さんは女の子を産んですぐになくなってしまい、お父さんの屋敷の片隅で暮らしました。最低限の世話はしてくれるものの、誰も話さない、いないものとして扱われました。それでもその子は誰かに愛されたくて、それ以上に、誰かを愛したくて。
 やがて女の子は大きくなり、武器を使うことを知りました。掃除も、料理もさせてくれなかった彼女は、その身で誰かを守ろうとしました。幸い武術の先生は生まれを気にすることなく女の子にも武器の使い方を教えてくれました。その間に他の村と争ったり、山の獣を退治したりしました。
 けれど、それでも女の子は存在を認めてもらえませんでした」
 ちらりとエミリオの様子を見る。男は黙って目を閉じて、ステラの話に耳を傾けていた。視線を少女たちに戻す。
「ところで村の近くにはとても大きな川が流れていました。向こう岸が見えないくらい広くて、そしてとんでもない暴れ川でした」
「暴れ川?」
「うん。雨が降るとね、いつも氾濫して洪水になって、何人も何人も人が死んじゃうような川。そんな川だから橋もかけられない」
「……怖いね」
 ジーニのつぶやきにエミリオが目を開けて頭をなでてやっている。それに安心したのかおびえが彼女の瞳から消えた。
「その年の川はもう手が着けられなくて、少しでもましになるようにと治水対策……洪水とかが起こらないようにしていた工夫も全部水に押し流された。雨も続いて人の手に余る。だから、神様にお願いした。そうしたら、祭司様が贄を捧げようと権力者に告げたの」
 贄、の一言にエミリオが息をのんだ気配を感じた。けれど向いてはいけない。これは、ただのお話なのだから。
 少女たちは言葉の意味は分からないけれどその不吉な印象にまたおびえの色をまとい出す。
「そして、選ばれたのは女の子でした」
 続いたステラの言葉にエナが涙目になる。
「ひどい、かわいそう……」
 ジーニも今にも泣きそうだ。
「もちろん女の子もいやがりました。けれどみんなに捕まって、どうしようもないままその日を迎えました。神様の元へ行くのだからと、着たくもない祭祀服……そうだね、あれは、真っ白で、多分、花嫁衣装だった。それを身につけさされ。神様のお嫁さんになれと言われ。……そして、川へと」
「やだーっ!」
 エナがついに号泣を始めた。その背中をさすって、それでも話を続ける。ここでやめる方が少女たちに気の毒だ。
「強く縛られた手足は、綱が水を吸ってよけいに締め付ける。体中が水で満たされて、もうだめだって女の子は思った」
 ジーニがステラに抱きついてふるえている。
「大丈夫よ二人とも。ここからなんだから」
「……ひっく、ひっく、お姉ちゃん、ほんと?」
「ほんとほんと。嘘はつかない」
「……」
 何とか二人をなだめてステラはまた続きを語り出す。
「ついに底についたとき。何かとがった物に当たった。女の子は気づいてなかったけど、中途半端に遺棄されてた何かの金具が……今思えばきっと、流されてしまってた治水対策の一部だったんだろうけど、そこにあったの。それが上手く、手を縛ってた綱を切った。
 しばらくはそれに気づかなかった女の子だけど、気づいてからは必死に水を掻いた。流れが速いのは表面だけで、川の底の方は緩やかだったからなんとか水面に顔をだせた。水を吐き出して、吐きすぎて水の中の方がましだなんて思ってまた水に沈んで、浮いてを何回か繰り返して結局流れに逆らわないのが一番楽だって気づいた。
 それで、流木とかをよけながら流れに流れて下流まで。そこがちょうど、その国でただ一つの、外国との船をやりとりする大きな大きな港町だったの。女の子はそこで助けてもらって、一生懸命勉強した。この国にいても自分の場所はない、だから外国に行こうっておもったのね」
 自分は一度死んだ身、ならば何も怖くない。
「そういって女の子はいつだって笑ってた。そして船に乗せてもらって外国に行って、行った先ですてきな友達や家族に出会えて、やっと自分の場所を見つけて幸せになりました」
 語り終えて少女たちの顔を見る。涙に濡れているが満足そうだ。
「女の子、幸せになった?」
「もちろん。物語のおしまいは、いつだって「みんな幸せに暮らしました」なんだから」
「良かったー! ほんとに、ほんとに良かった!」
 ジーニとエナが今度はお互いに抱き合って喜ぶ。まるで自分たちがその少女であるかのように。それをみて、ステラはなにかやり遂げたようになっていることに気づいた。

 その後なぜかエミリオとの関係を追求され、大事なパートナーだと言うことで話が終わり、少女たちと分かれた。残された大人は顔を見合わせる。
「……とりあえず、三日分くらいはしゃべりました」
「僕は……一月分くらいのおしゃべりを聞きました」
 感覚の違いに笑い、ようやくステラは立ち上がる。軽く延びをして固まった体をほぐす。
「じゃあ帰ります。これ、ありがとうございました」
 双剣を軽く持ち上げて礼をいうと、とんでもないというようにエミリオが手を振った。その表情がふと引き締まる。
「……ステラさん」
 やはり大人にはわかったようだ。あれはステラの物語だということを。人以下の扱いをされつづけ、それでも誰かを守りたかった彼女は、いま、ここでこうして開拓者として暮らしているのだ。
「あー、はい。あのー、さっきもあの子たちに言いましたが、物語の終わりはいつだって「みんな幸せに暮らしました」なんです」
「……そう、ですね」
「それで納得して……くれますか?」
 細かいことはもう覚えていない。つらかったという記憶のみ。そして、死んだ身だからこそ何も怖くないという昂揚。その果てにステラは今大地を踏みしめて笑って生きている。
「はい、わかりました」
 エミリオが笑う。いつもの笑顔だ。
「ありがとうございます。……じゃあ、また」
 ステラも笑って、そのまま家路についた。

 小さな背を見送りながらエミリオは立ち上がった。今聞いた彼女の過去の片鱗が頭を離れない。
「生け贄で、川に放り込まれたって……」
 彼女は「今思えば」と言っていたではないか。それは、物語の体をとった彼女の真実が、少し顔を出してしまったこと。主人公は青い目で茶色の髪の少女ではなく、夜の空の色をした髪と、今は輝く緑色の目をした少女だったのだ。
 ダーショの言いぐさではないがあまりにも壮絶すぎる。壮絶すぎるからこそ子どもたちにはただの物語として聞こえただろうし、そのつもりでステラも話したのだろう。けれど。
「そりゃ僕もたいして人に言えるような生き様してるわけじゃないけど」
 それでも、幼い頃から師匠に無条件に愛されていた。もっと幼い頃は、まだ生きていた父母にやはり無条件に愛されていた記憶がある。それだけは確かだ。けれどステラはそれすらもなかった。愛してくれていたと彼女が思っていた人間から強烈な拒絶を受けてきた人だ。ふいに、いつか、彼女に諭された時のことを思い出す。
「……それすらない人間も、いるのは確か……か」
 どんな気持ちだったのだろう。
「協定国外の遠い遠い国から、流れに流れて、自分の居場所を見つけてはなくして、そしてコフォルへ来た。ここは、あなたにとって、物語の終焉の地になるんですか? ……違う、終焉の地に、したいんだ」
 ステラは全てを愛して、けれど、ステラ自身を愛するのはなんだろう? 誰かを愛したくて、誰かに愛されたくて、ずっとずっと。僕達はあの人から貰えるだけの愛を貰って、心を千切り取っていって、結果いつかまた流されるように消えてしまいはしないか? 思考が走り出したので慌てて頭を振る。
「そうか、あの人の古い傷は、それだったのだ」
 以前クエストをぎりぎりで成功させたが軽いアストラム中毒を引き起こし、メルフィに緊急で看てもらった時のことを思い出す。四肢にうっすらではあるが縄らしきものの痕があったのだ。エミリオはメルフィが指し示すその痕をみている。それが指し示す事実は理解できなかったものの、何か大きなことを越えたのだろうとメルフィと話していた。
「話したことで、ステラさんは強くなれた? どうなのだろうか」
 自分にはわからない。けれど、どんなステラであろうと彼女は彼女だ。そして自分は何もできないけれど、そんな彼女にそっと寄り添いたい。いつからだろう、そんな風に思うようになったのは。
「あのときだ。ステラさんは、僕のために泣いてくれた人だ」
 初めて大喧嘩というか、叱られた時。彼女は泣きながら自分を見ていた。
「記憶にある限り親と師匠以外では初めて、心から泣いてくれたんだ……」
 それはたぶん仲間意識。他の誰が同じような事態になっても彼女は泣きながら叱ったり、怒ったり、一緒に悲しんで、笑って、生きてくれるだろう。それでもエミリオには嬉しかった。
 今何となく理解した。彼女と自分は幼い頃の立ち位置が似ている。最初に声をかけてしまったのはそれもあるに違いない。直感とは恐ろしいものだ。
「親父さんには念込めすぎだって怒られるけど」
 せめて自分が彼女の武器を手がけ、もっている己の技術すべてをたたき込んで、少しでも彼女のことを守れればと願う。鍛冶屋の主人にはその様子をあきれ半分で指摘されていた。
「本当にマジックアイテムでも作る気かお前は、ってよく言われるもんなぁ」
 まあいいや、と頭を振る。改めて髪を結び直して、今日も後もう少しがんばろうと鍛冶屋に戻っていった。


END


 やっとここまできた。一番初め、ステラさんの設定書き散らしたときからあった設定で、この話自体は実は通しナンバーが02だったりする。私の全キャラ中屈指の悲しい過去持ちなんだけど、それでも元気な子。水に流されたことで自分の瀬に文字通りたどり着いちゃった子。だから、生きたい、生きたいを発信し続けるのです。
2013.8.20

 

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