Routill

 

「祝福しましょう。神に連なる私が、あなたを祝福しましょう。さあ、巡り巡ってまた生まれておいで。あなたの逝くべきところへいって、安らぎの時を経て。そしてまた旅をしておいでなさい」
 いつもの丘。普段とは違うルーティルの声が響いている。
「やっぱり……ルーティルは神職なんだなぁ」
 集落に病に倒れ戻らぬものが出た。病自体が昔からエウロスの中で忌避されて居るもので、最期は隔離された小屋の中で一人死んでいったという。
 また、葬儀もその病で死んだときには行わないのが通例であり、ただ掘られた穴に安置されるだけ。見送りは家族のみ。これがしきたりだった。
「……及ばずながら、私も手助けしたい。仕える神は違いますが、迷う魂を捨て置くのは、私にはできません」
 集落の端で静かに泣く家族に声をかけたのはルーティルの方だった。
「あ、あなたは……」
「神に仕えるものです。……あなた方の神とは違いますが……」
「……」
「どうか。どうか、私に送らせていただけませんか? その方を」
「で、でも……」
「私の神の名は出しません。私の言葉で、その方を。最後の旅へ送ってあげたいのです」
「……」
 妻らしき老女が背後にいる中年の男女を不安そうに見る。中年男女も同じく不安そうだが、ルーティルの表情と、おそらく父親であった亡骸と、母親であろう老女の顔を何度か見比べて、最終的に頷いた。
「ありがとうございます。精一杯の祈りを」
 墓と言うにはあまりにお粗末な穴に、かつて人であった亡骸が一つ。それを抱え上げていつもステラが星を眺める小高い丘へ。ルーティルは亡骸がまとっているこれもまたお粗末な布を丁寧に直していく。しめやかに。心を込めて。
「……祝福します。あなたが、この世の旅を終えられたことを」
「……違う」
 大陸にいた頃、時折葬儀をしているところに行きあったが、そのときも確かこの相棒と同じアルドラの司祭だったはず。しかしこんな文言ではなかったはずだ。
「祝福しましょう、数多くの困難を乗り越えてここに至ったことを。祝福しましょう、祝福しましょう」
「……祝詞、だ。これ」
 ステラの感覚では、これは死者を送るものではない。祝いの言葉。輝かしき言葉。
「祝福しましょう。いくつもの涙を乗り越えたことを。祝福しましょう、いくつもの別れを乗り越えたことを。祝福しましょう、いくつもの夢を見つめたことを。私は、あなたを祝福します。こころから。この星空に誓って」
 優しい声が朗々と響いている。風も、獣も、その邪魔をしないように潜んでいる。
「さあお行きなさい。祝福の道があなたに降りてきている。さあ、旅立ちなさい。祝福の道は常にあなたとともに。逝くべきところは一つだけれど、惑い、消えぬように。おそれるな、目を閉じるな。私があなたの傍らに。私の心はあなたの中に。共に旅をしましょう」
 名前も知らない死者への限りない愛。いや、これは人そのものに対するルーティルの愛。
「……神職になるべくしてなったって気がしてきたわ、これは」
 弔い続ける彼女を見て妙に実感した。

「あ、一応調べてたんですよ、この島の、現地の人たちの宗教のことは」
「そうなんだ」
「はい。エウロスの方々は、死を辛いものとはとらえておらず、次の道へ行くための喜ばしいこととしてとらえています。なので本来の彼らの弔いもあのような感じなんですよ」
「へぇ……そのへんはさすがに知らなかったかな」
「一応これでも神職の端くれですから。それに、やっぱり、布教が目的でも……仲良くありたい」
 ルーティルが照れくさそうにステラに笑った。普段のドジな姿からはいっさい想像できない敬虔な彼女だ。
「あ、いやここで布教はしませんよ。もちろん。けれど、もっとほかのことを知らないといけないですし」
「それは私も一緒だよルーティル。いろんなことを知って、いろんな人と仲良くなって。それができたら一番だよね」
「そうですね!」
 明るく笑い、またすぐに沈み込む。
「……私たちの歴史、しっていますか?」
「教団? ……一応は。アルドラの勢力外にいたこともあるからね、そういうのは外からの方がよくわかるし」
「……ステラさんならそうおっしゃると思っていました。そうですね。私からもきちんと話しておきます」
「……」
 辛そうな表情だ。ステラとしても無理に話をさせたいわけじゃない。けれど、話すことですっきりするなら、とも思う。
「私は……もっとちいさなころから神様に仕えるんだって生きてきました。家族は……祖父も、祖母も、両親も兄弟も熱心なアルドラ信者で渡しも当然そうなりました。今でももちろん神様は信じています。けれど」
 宗教の歴史は、時に血に塗れたものとなる。アルドラだけではない。肥大化し巨大化した宗教は外へその活動域を移す。その際、教義の正当性とその背後にある力でもって広がる。
「周辺の小さな土着信仰はすぐに飲み込まれました。そしてすべてアルドラの、聖人として組み込まれていきました。神は一人、それが絶対ですから」
「そうだね。アルドラは一神教だね。他の国に派生していったいわゆる異端も、基本的に一神教だし」
「ええ。ただ……そのときは、比較的おとなしい移行だったそうです。元々近隣ですから、アルドラの教義と自分たちの土着神の教義が混じり合い、もうどっちがどっちか分からないようになっていましたから。だからそれは良かった。けれど……」
 ルーティルが俯いて手元を眺めている。ステラも何も言わず、ルーティルが次に言葉を発するのを待つ。
「すいません。どう言葉にしようかと思ったのですが、おとなしくそのまま話すことにします」
 顔を上げ、ステラの顔をまっすぐ見る。応じて軽く頷く。
「一番大きかったのは……セーナ周辺に対する「布教活動」でしょうか。もっと昔のことではありますが……それでも、し、し、屍、の山だった、と。……アーシャさんから聞きました。耳を疑いました。そんなことをするはずないと。そうしたら彼女が、黙って一冊の本を貸してくれたんです」
 読んでみて、と。自国での歴史だから、もちろんセーナに有利にかかれてるけど、それでも判断の一材料になるはず。そう言われ渡されたのだそうだ。
「……読んだんだね?」
「はい、読みました。一生懸命読みました。いまでも納得できない部分はたくさんあるんですが、それでも読みました」
 かかれていたのはセーナ側からみたアルドラの歴史。……まさに、侵略と、いっていい様相の」
「……そうなんだ」
 協定国以外を回っていたこともあるステラは知っている。そういう、血なまぐさい側面もアルドラ教団は持っているということを。ただ、ルーティルは知らないようで、ただ純真に神を信じているのだなと思い何も言わなかった。
「……アーシャもなかなかきついことするなぁ」
「どうかしましたか?」
「ううん……」
 曖昧な表情で頭を振る。信じているなら信じているままで置いておいてもいいのにと思うが。それでもアーシャにはアーシャの思うところがあってこその行動なのだろう。
「……とにかく、それまで私が知っていたものとは全く違うことがかかれていました。信じたくなくて、何度も神様に祈りました。そして、そんなことはないですよねと、教父様に話を聞きにいきもしました。……結果、セーナの本に書かれていたほどではないけれど、やはりそれは事実なのだと」
 大きくルーティルが息を吐く。一番大きなところを言い切ってしまった、そんな風にすら思う。
「それから私は調べました。ほかの宗教のことを。アルドラ教団のことを。ここに来ても。幸いここは様々な国からの人々が集まっている。倭文、セーナ、そしてこの地の民。いろいろな話を聞いて、結局のところは、異端者を「討ち、配下に入れる」のではなく、ほかの宗教を信じるものの、同じく神を信じるものとして融和するのが一番じゃないかって……思うようになったんです」
「へぇ……なるほど」
「そして、ここエウロスの人たちの埋葬の仕方を知りました。今回それが役に立ちました」
 えへへ、と頭を掻く様子は普段のルーティルだ。けれど瞬間瞬間、どこか寂しい雰囲気をまとっている。
「すいません、こんな話をしてしまって。ここではこういう話はしないようにとは思っているんですが」
「仕方ないよ、あなたはシスターなんだから。私は気にしてないよ。そういう話を聞くのも嫌いじゃないし」
「ステラさんは聞き上手ですね。……でも、聞きすぎてしまって。こんなことを言うのはシスターとしてはあるまじき行為なんですが……少し、揺らいでしまっています……」
「……ああやっぱりか。そんな感じしてたよ、さっきの話しぶりから」
「……」
「ねえルーティル、ちょっと空見てみよう? 星がきれいだよ」
「え……」
 ステラが見上げるようにルーティルも見上げる。いつもの丘のいつもの星空。
「この星のどこかに、ルーティルの神様はいるのかな?」
「……そうかもしれません」
「ルーティルが信じたいように信じたらいいんじゃない? そういう歴史があるってのは確かだけどさ。それって、ルーティルが神様信じてるってことに何か関係あること?」
「……」
「あ、ごめんね。私部外者なのにさ、勝手にこんなこと言っちゃって」
「いいえ……そんなこと、ないです。本当に……」
「ならいいんだよ。じゃあ、これ以上何事も起こらないことを祈ってお星様鑑賞会しよう。私がここにくる理由はこれなんだ」
「いいですね、そうしましょうか!」
 あ、いい笑顔。ルーティルの表情を見て、ステラは満足するのだった。


END


 ルーティル編。普通に神職勤めてる彼女が書きたくなったのでした。
2013.8.14

 

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