おそらく。煙が晴れたら。一番見たくない光景が広がっているに違いない。確かに、確かにあそこはこの建造物の要だ。ここが崩されれば建物自体が落ちる。
 けれど、そんなことより。そんなことよりも大事なものが。
「ステラさん! ステラさん!」
 防ぎきれなかった衝撃波は壁を、天井を削り僕の体に瓦礫が降る。けれど全部見えない壁にはじかれて落ちていく。
「こんなっ……障壁、僕に張る暇があるんなら!」
 煙に消える瞬間ステラさんは笑ってた。いつものように。手指は何がしかの魔法を編んでいて。それが飛んでくると同時に煙がすべてを覆い隠す。そこにゴーレムが作った、魔力の固まりが迫ってきて。
 ステラさんのところにいきたいのに。床に巨大な亀裂が入り大きく迂回しなければ、裂けた奈落に落ちていってしまう。
 風がで煙が一気に晴れた。迂回路を探しながらステラさんが居たところを探す。どこだ? どこにいった? まさか、すべて飛んで……。
「そんなはずがあるか!」
 そんなはずなんかない。あの人は、行き当たりばったりなように見えて先の先の先まで見てた人だ。どうすれば一番けがを減らせるかわかってるはずだ。
「ステラさん! どこですか!」
 何とか瓦礫の山になっているところまでたどり着いて声を張り上げる。普段こんなに声を上げることなんかない。
「……ここ、です」
 どこからか声が聞こえた。慌てて辺りを見回すと、一番ひどく崩れているところに手だけ上がっている。
「ステラさん……あなたは、いったい何を……?」
「……なに、しましたっけ?」
 強い光と衝撃で一時的な記憶混濁が起きてる。一番衝撃がくるところにいたのだから当然だろうけど、これは。
「……もしかして、自分に直撃させましたか!?」
「……」
 ステラさんは何も言わない。けどきっとそうだ。建物の礎に当たらないよう、自分自身で全部受け止めたんだ!
「なんてことを……!」
 とにかくこんなところでは治療も何もできない。いっそ一端立て直して……。
 瞬間、力なく横たわっていたステラさんが立ち上がって何事かつぶやく。それが障壁展開の魔法だって僕が理解したのは、ゴーレムの熱線が綺麗にはじかれていくから。
「エミリオさん……」
 維持しながら僕の名を呼ぶ。慌てて返事をすれば、片目を閉じながら笑ってる。
「……以下省略」
 ステラさんがその言葉を紡ぐと僕の周りにまた壁ができた。
「以下省略で、すいません。ちょっと、余裕ないみたいで。私、ここ守ってますから……あいつ、お願いします」
 魔法の詠唱を以下省略ですませてしまえるというのがそもそもすごいけれど、それがきちんと機能しているっていうのが信じられない。けれど事実だ。もともと詠唱は精神集中のためのものであって、よほど高位のものでなければ何を言ってもいいらしいけれど。高位魔法は他者の力を借りるからそのための文言だって、司書さんが言ってたと思うけど。
「私たちの勝手で、ここ、壊したら。ギルドが、強制送還までして守ってる、二人一組の掟の意味がなくなる。そしてもう二度と、この土地の人々とは、わかり会えなくなる。それは、嫌。努力した末で、わかり会えないのは、しかたないけど」
「……」
 僕は返事をしなかった。口を開けば連れ戻すことしか言わないから。不可能なことを言い続ける時間はない。だから代わりに、瓦礫につきたったままだったステラさんの剣を、僕自身が以前に本で見かけて、親父さんと一緒に再現してみた剣を取る。薄く緑に光る刀身は彼女の目をイメージしてたんだけど、今でも綺麗に光ってる。ふとステラさんを見ると、彼女自身の目にも光が生きてた。
「エミリオさん」
 ゴーレムの動きを見ながらどうしようかと思ってたらまた彼女の声が僕を呼ぶ。振り返ると、いつもの全開の、輝く笑顔で頷いてくれた。
「……」
 それにどう答えて良いかわからないから僕は頷くだけにしておいた。

 もう一度ゴーレムの熱線を待って、ステラさんが弾いて、その隙に僕は走る。アストラムの欠片が余波で粉々になっていって、なにかしらもやっとしたものを吐き出してた。耳に障る鈴の音を聞かないよう走り抜けた。仲の良かった職人仲間がアストラム中毒で倒れて以来この音は苦手だ。
 僕はたいして足が速い訳じゃない。ステラさんが縦横無尽に走り、魔物を翻弄するのをうらやましいと思ってるくらい。
「それでも走れない訳じゃない!」
 自分に降りかかった災禍を回避する程度には。逃げずに留まり続けて引きつけてくれてるあの人を守る程度には!  ゴーレムの熱線はあのモノアイから出てる。すべてを焼き尽くすその熱。あれをどうにかできないだろうか? そうすればステラさんだって障壁を張らずに済むんだし。
「けど僕にはあまりたいしたことはできない……」
 二人一組とはいっても僕はいつもステラさんに助けられてる。彼女が前に出て翻弄し、最終的に僕のところに追い込んでしとめるパターンが多いから。
「でも、きっと、何かできるはず!」
 瞬間、頭の中に何かのイメージが広がる。これは何だと思っているうちに勝手に手が印を結び始めた。
「……風?」
 まだ何とか小さなつむじ風しか起こすことができない風魔法を編んでいた。
「エミリオさんーっ! 土! 土、それに乗せて!」
 ステラさんに叫ばれるまま今度は土塊を幾つか。不思議と残ったままのつむじ風に乗せてみた。
「うわあっ!」
 思わず後ろにひっくり返りそうになった。穏やかだった風が突然嵐のように動き出す。それに乗ってボウガンの短矢もかくやとばかりに土塊が舞いだした。僕自身にはステラさんがかけてくれた防御障壁があるからなんともないけど、その勢いは凄まじいの一言。
「……風が動かせる!」
 まだ僕の魔法が生きてる。ならば、これをあいつに当ててやれ!
 その思考そのままに一息で何もかもを巻き込んだ風はゴーレムに向かう。
「!!!」
 ゴーレムに話す機能があるならきっと叫んだのだろう。あいつの姿が土塊竜巻に完全に包まれて見えなくなった。
 また無意識に体が動く。僕の体だけれど僕の体じゃないような。けれど、風の余波と時折飛んでくる小さな石が、現実だと教えてくれている。バランスを崩して倒れかかってきたゴーレムの前にいても怖くないのに、これも現実。
「あそこが要だ!」
 構えた剣を迷いなく振った。力がすんなりと剣に乗って、ゴーレムの胴を薙ぐ。綺麗に二つに分かれた体が僕の両側に落ちていった。けれど。
「!?」
 ステラさんが声にならない悲鳴を上げたのを視界の端でとらえた。ゴーレムの中に貯まっていた行き場のない魔力が一気に噴出して彼女を射抜いたようだった。
「うわあああ!」
 多分、僕の雄叫びだったんだと思う。けれどその瞬間のことはほとんど覚えてない。ただ、これでもかっていうぐらいにゴーレムの体を粉砕して、気が付いたら瓦礫の上に立ってた。
「ステラさん! ステラさん!」
 そんな瓦礫なんかに興味はない。先ほどたどった道を逆戻りして彼女の元へ。
「……」
 傷だらけという表現すらはばかられる。かすかに上下する胸のおかげでまだ生きているということはわかった。ただ、生きているだけ。
「……全部、全部受けてくれた。僕が受けなきゃいけない攻撃を、全部」
 最期の悪足掻きに対する障壁は張れなかったのだろう。以下省略をする暇もなく。
 道具袋から薬をとりだす。残念ながら即効性のあるものはすべて使ってしまっててないけれど、時間をかければきちんと治るもの。薬があるだけまだいい。
「……飲んでください! お願いします、ステラさん!」
 気付け薬が苦すぎて拒否しながら起きあがるときはあるけれど、今はそんな冗談みたいなことは起きない。口元に当てた瓶から流れる薬がそのまま地面に吸い込まれていく。
「……すいませんステラさん!」
 謝りながら僕は薬を自分の口に含んでそのままステラさんへ口移しをした。こんな時でなければ、と苦々しい思いも一緒に。だって、悲しいぐらいに柔らかいから。こんな時にそんなことを思う僕もどうかしてると痛感するけど。
「んっ」
 小さい声が聞こえた。のども少しだけど動く。
「飲んでくれた……!」
 もう少し飲んでください。もう少しだけ! 何度かそれを繰り返して、都度ステラさんの唇の柔らかさに参りそうになりながら、薬の量はずいぶん減った。ここまでくれば彼女の体力ならきっと元に戻る。
「けど、問題は……」
 魔力の固まりを浴び続けたのだ、その結果待っているのは一つ。
「やっぱり軽度だけど症状が出てる。だから飲み込めなかったんだ」
 アストラム中毒。同門が低精度ピレーンを使った剣を作れないかと試行錯誤して、そのあげくの結果だった。それまでアストラムやピレーンにたいしてはあまり意識は向いてなくてただの素材の一つだと思ってた。けど、これはそうじゃないんだと強く刻み込まれた一件。僕はそれらを使った得物をつくれるようにはなったけれど、あまりさわりたくないのも事実。

 周囲には生の魔力がまだたくさん停滞している。昔の人はこれをどうにかして固めて今僕らがしるアストラムの形にしたという。
「……鈴の音は、この状態でも聞こえるんだ……」
 もしかしたら、昔の人もこのアストラムや魔力への懸念があって、警告の意味も込めてこの音を仕込んだのかもしれない。実際そんなことができるかわからないけれど。
「帰りましょうステラさん。そしてまずメルフィ先生に看てもらいましょう」
 いつまでもこんなところにいる必要はない。目的はもう果たした。苦々しい思いで瓦礫のゴーレムを一瞥してステラさんを抱き上げた。


 メルフィ先生が僕の包帯の様子を見つつ難しい顔をしている。
「……軽い程度なら、先ほどの薬で効くのですが」
「……」
「正直な話をします。帰ってくるかどうかは、ステラさん自身にかかってます」
「……えっ」
「ステラさんが生きたい、生きたいと常に発信しているのは知ってますが……たまにいるんです、その実は違う、という人」
「そう、ですか……でも」
 僕は信じたい。子どもたちと一生懸命遊んで、おいしいものを目の前にしたら無上の喜びを表に出して、とにかくいつ見ても全力で、表情もころころ変わって。僕が見てきた中で彼女ほど生きることを謳歌してる人なんかいなかった。そんな人が還ってこないはずがないんだ。
「あら……これ」
「……どうしました?」
「いや……」
 メルフィ先生が寝台に横になってるステラさんの足を指してた。僕はその足の他の部分をなるべく見ないようにしながら指した場所を見ると。
「……何かの痣?」
「そうかもしれません。その方がいいかも」
「え?」
 先生の歯切れが悪い。怪訝に思っているうちにステラさんの他の手や足を確認してる。
「……痣じゃないようです。いや、痣に、なったというべきか」
「それはどういう……」
「見えませんか? ……縄の、跡に」
 思わず見返した。言われてみれば確かに、そう、みえる、かもしれない?
「両手両足に同じものがあります。かなり古いもののようですが……テルマエだとちょうど隠れている部分だから知らなかった」
「……では、両手両足を手ひどく縛られたことがある、と? そう、先生は言いたい、と?」
「……不本意ですが」
 頷いた。
「解こうとして暴れ、皮膚を痛め、それでもほどけず、肉まで到達したような、そんな傷跡に見えます」
「……ステラさんが、そんな」
 人の話を黙って聞いて、その人にあった、助言というほどでもない一言二言を返すステラさん。助言なんて大それた事はできない、ただ、少しでも良い方向に行けばと願ってるだけですよ、そう笑った彼女。
 けれど、自分のことは一切語らない。時々片鱗が見えるけど本当に片鱗だけ。もしかしたら厳しい道を歩いてきたのかもしれない、と僕が思う程度に。これは他の人は知らないらしい。なぜか僕だけがそういう姿に行き当たる、不思議だと肩をすくめていた。きっと他の人には言って欲しくないって直感して、僕も誰にも言ったことはない。
「とりあえず……外からできることはすべてしました。あとは待ちましょう」
「……わかりました」
 メルフィ先生が寝台脇に小さなイスを持ってきてくれたので座る。ステラさんはひたすら、深い眠りについているように見えた。


 沈んでいるのか。浮いているのか。そもそもどちらが上でどちらが下? そんなことを思いながらステラは漂っていた。深淵の闇、そう呼んでもいい黒の中に。
「そろそろ眠気は醒めたのじゃないかな?」
「……まだもう少しだけ」
 どこかで聞いたことがあるような、ないような、男女の判別すら付かない声がステラに声をかけた。声が言うように眠気は晴れつつある。けれど闇は心地よい。
「還ってきてと、願うものがいるぞ。大勢」
「そっか……それって、嬉しいこと……」
「……」
「あなたは……だぁれ?」
「わたしか? わたしは、お前たちが「魔力」「アストラム」と呼ぶものだ。お前はわたしを多く取り込みすぎた。わたしがわたしの意識を保てる程度に」
「んー……アストラムさん……」
「……大丈夫かい?」
「……よくわからない……」
「お前の名前は?」
「……なんだっけ」
「おや……これは重傷だ」
 それは本意ではないのだが、と声がつぶやいている。
「そーなんですか……よくわからないや……」
 実際ステラ自身、なにをどうしているのかわからない。なにを口走っているのかも。音が口から漏れだしているだけだ。
「……アストラムさんは……どんな格好?」
「わたしに姿はないよ。けれど、ふむ。今のお前にはなにがしかの姿を取っていた方が良さそうだ」
「んー……どっちでもいいです……」
「そうはいくまい。このまま曖昧なままうつし世に戻れば君は欠落したままだ」
「……うつしよ……」
「そう。お前が生きる世界だ」
「……そっか……私、生きてたんだ。幻じゃないんだ、想像じゃないんだ、あの世界……」
「……」
 嘆息したような気配がして、不意に人の形が現れた。
「……見覚えはあるかい? お前がここに落ちてくる前、心に思っていた人間だが」
「……あるような、気がします」
「それなら上々」
 長めの髪を後ろで無造作に束ねた眼鏡の男。確かに、何か強い思いを持っていたように思う。
「では、いつまでもここに居ても仕方がない。還る為にあがろう。もっとも、お前がまだここで眠りたいというのならば強制はできないが」
「……ここは、どこですか?」
「誰かの眠り。誰かの夢。誰かの空想。誰かの記憶。そういうところだ。少しずつ周囲にも興味が出てきたな」
「誰かの、なのに、アストラムさん、いるんですか?」
「わたしはどこにでも、在るんだよ」
「そうなの?」
 興味が本格的に出てきたステラに苦笑いをする、男の姿をした何か。
「存在し続けることには力が必要だ。その力はわたしのこと。だからわたしはどこにでも在る。わたしがいないところにはなにもない」
「そうなんだ……じゃあ、あなたにも?」
「この姿のものか? そうだな、彼の中にもわたしは存在している。強い弱いの差はあれどすべての物の中に」
 ステラの質問に優しく笑って答える。これは、見たことがある姿だ。覚えている。いや、思い出した。……心が落ち着く笑顔だ。
「……存在する力が弱かったらどうなるんですか?」
「目覚めたら質問責めか。まあ、そういう来訪者もいないでもないが……存在する力、お前たちの言葉では魔力と呼んでいるが、これが弱ければそのもの自体の寿命が短い。それだけのことだ」
「そっか……寿命そのものっていう捉え方でもかまわないわけか」
「そうともいえるな」
「じゃあ、寿命が来たらどうなるんですか?」
「世界に漂う。そして命の萌芽を見つけたらそこに宿りにいく。在り続ける為に」
「漂ってるときも、「在る」ってことにはならないんですか? 魔力としてのあり方自身が変わっているわけでもないみたいですけれど」
「……そういわれればそうだな」
「漂うってどういうこと? どんな状態?」
「わたしである事には代わりがない。ただ、希薄だ」
「あ、もしかして、それが風や空気って事になります?」
「そういうことになるだろう」
「へーえ。興味深い……」
「わたしとしてはお前が興味深い。ここまで興味を持つものも居なかった」
「そうなんですか。だって不思議ですよ。この島に来てアストラム教えてもらって。それまで魔法とか使ったことなかったから、魔力ってなに? ってずっと思ってました」
「端的に言ってしまえば「魔力とは存在する力」のことだ。すべての「在る」ものの為の」
「へぇ」
「そろそろ上がる気になったか?」
「あ、はい。還ります。私の場所はここじゃない」
「ふむ。いい返事だ」
 にこりと笑って、男の姿をした何かがステラに手を差し出してきた。それを取ると少しずつ周囲が明るくなってくる。
「これは……」
「誰かの記憶、誰かの夢。少し場が乱れたからな。なに、害はない。理解もできんだろう」
 連れられて足を動かしていればやがて道を踏んでいた。長く続く道は遙か天上へ、周囲の景色はめまぐるしく変わる。
「これ……誰の記憶ですか?」
「さあ、誰だろうな。誰でもない記憶」
「じゃあアストラムさんの記憶ってことですね?」
 知らない町の風景。生国を出てからあちこち転々としてきたステラだが、こんな町並みはしらない。魔力に包まれ、すべての物が輝いていた。
「この記憶はそうだな、わたしを崇めるモノが存在していた頃のものだろう」
「こんな時代、あったんですね……」
「ああ、あった」
 声音が寂寥を帯びた。思わず隣を見ると、どこかしら寂しい表情をしている。
「……」
 ステラは無意識に体を伸ばし、軽く唇を重ねる。
「……この姿は幻だ。おまえのうつし世に戻ってから、この男自身にそうするといい」
「いえ……あなたに、したかっただけです」
「そうか」
 素っ気ない言葉とは裏腹に寂寥は消える。
「もっとも、おまえがうつし世に戻ったとき、ここでのことはほぼ忘れているだろうがな」
「そういうものですよね」
「今のお前は心だけが迷子の状態。その分、周囲の動きに過剰反応をする。これを伝えるのを忘れていた、わたしの不手際だ」
「そんなことはないと思います。まあ多分、その姿だからってのも結構占めちゃってると思うけど」
 いいつつ、本当にそうだろうかとステラは思う。確かにこの男、未だ名前は思い出せないが、自分にとって大切な人間だ。これはもう自分のどこかに刻み込まれている。
「なんか、心がすっごい不安定になる。この人のことを思うと」
「それもそういうものだろうな。答えは、お前自身が見つけるべきだ」
「うん……わかってますよ」
 繋がれた手に力がこもった。
「では、また帰路に戻ろう」
「はい」
 めまぐるしく変わる風景。どこまでも続く輝く都。誰も彼も笑い、けれどどこか膿んだ世界。永遠は決して、幸福ではないのだと告げてきている。生まれ来る命に宿っては、散りゆく命から去り続けてきたアストラム、魔力は、どんな思いでもって栄枯盛衰を眺め続けていたのだろう。
「あ、そうだ。ふと思ったんですけど」
「どうした? お前の好奇心は際限がないな……」
「いいじゃないですか。あ、そんで、ふと思ったことなんですが、もしかしたら、存在が余りに小さすぎて目にとらえられないモノってあるんですか?」
「ある。お前が存在する力より弱いモノは、お前には見えない。太陽と星のようなものだ。太陽が輝く昼には星は見えないだろう? そういうものだ。逆に、お前より存在する力が強いモノは、お前には見えないし、お前も見えない。そうやって相互不干渉を保っている。あくまで目に見えるのは、存在する力が同等のモノだ」
「はー。やっぱり在るんですね。おもしろい」
「おもしろい、か。なかなか希有な感想を聞いた。もっともここに来るモノは昔に比べて少なくなった」
「……もしかしたら、この景色自体が、私には普段とらえられないもので、今はなんかおかしな事になってるから見えてる……?」
「ほう」
 アストラムが心底感心したとステラを眺めていた。
「お前自身の存在する力が弱まっているから、低力場のものがみえている、そうおもって間違いはない」
「おおー。うわ、これ忘れたくないな。おもしろすぎる……」
「いや、忘れておけ。お前程度ではおそらくその事実は重い。さあ、お前の存在する力を高めなければお前はお前のうつし世に戻れぬ」
「ちぇー」
 口をとがらせるステラに、アストラムが困った笑顔を向けた。

 連れ立って歩いているうちに周囲も落ち着いてきた。輝きの都はもう遙か遠く、どこかで見たような景色が流れ始めている。
「歩くことで、私の存在の力が戻ってきた?」
「落ちるのは一瞬。だが、戻るには相応の時間が必要だ。別に歩かなくてもいいが、こうするのがお前たちには一番良いと、遙かな昔に気付いた」
「なるほど……」
 アストラムは何度もこういった存在を、そのものにふさわしいうつし世に還そうとしてきたのだろう。そして、何人かは脱落して、その一部になったのかもしれない。

(……ステラさん……)

 道の前方、薄く明るくなっているところあたりから声が聞こえてきた。
「……誰?」
「これが聞こえるまでに回復したか。ならばもう大丈夫だろう」
「あ、アストラムさん……なんなんですか?」
「聞いての通り、お前を呼ぶ声だ。還ってきてくれと。心底から願うものたちの」
 ずっとずっとアストラムには聞こえていたのだという。けれどステラには聞こえなかった。
「そうか、それが存在する力を取り戻すってことかぁ。言ってたですもんね。上位の力場にある物は、下位のものはとらえられない。その逆もまたしかりって」
「その通りだ。あの声はお前の力場のものだが、先ほどまでのお前ではとらえることはできなかった。そういうことだ」
「ありがとうございます、いろいろ教えてもらって。また会えますか?」
「またここに来るのか?」
「あ……それは勘弁かな」
「ふふ。わたしはどこにでもいる。そういうものだ」
「そういうものですね」
 同時に発言して、ステラは笑った。アストラムも柔らかなほほえみをたたえている。
「あ……多分、その顔。私、見てると嬉しくなる顔」
「……」
 アストラムは軽く頷いて、すぐそこに本当にいる、とささやく。
「あはは。じゃ、還ろうっと。なんだかいろいろありがとうございました!」
 ステラはぎゅっと男に抱きつく。それは一瞬で、後に一礼して、そのまま振り向かずに光へ飛び込んだ。残った男は、男の姿をしたアストラムは、その姿を解きまた周囲へ溶けていった。


 ずっとずっと付いてる訳にも行かなくて、実際彼女の世話はメルフィ先生がやってくれてる。今日で四日目。ずっと、ステラさんは眠っている。
「すいませんエミリオさん。他にちょっと見てこないといけない患者さんがでてしまったようで」
「あ、良いですよ。僕は問題ないですから」
「お願いします」
 メルフィ先生が本当に申し訳なさそうな表情をしながら出て行った。残ったのは、規則正しい息をしてるステラさんと、少し途方に暮れ気味な僕。
「本当は誰か女の人についてもらう方がいいんだろうけど」
 メルフィ先生はどうも僕を、その点に関しては安心だと思っている節がある。
「……信頼されてるのはいいけど複雑だ」
 信頼されているからこそいま、この人についていられるんだけど、何となく男としての矜持が折られているような気がしないでもない。
「ま、今はいいか……」
 そんなことよりステラさんだ。
「起きたらなんと言おう」
 ついている間にずっと考えている。無茶ばかりしてと怒るべきか? それとも。
「……ありがとうございます、だよなぁ」
 僕が受けるべき攻撃はすべてこの人が引き受けてくれた。その上で防御障壁だって張ってくれたし、相乗魔法だっけか、最近ステラさんが凝ってる魔法の使い方も教えてくれたし。
「小さい風と石だったのにあんなに効果が出るなんて思わなかったけど」
「……あなたには、きっと……魔法の才があると。そう……思いますよ」
「!?」
 考え込んでいると声が聞こえた。瞬時にそちらを向く。
「初めて、試そうと思ったとき。……私じゃ、あそこまで、できなかった。同時に、二種類、展開も……できないし」
「……そうですか」
 未だ目は閉じたままだけどステラさんが言葉を発した。どう応じていいかわからず、結局当たり障りのない答えを返すしかできない自分が少し恥ずかしい。
「……うん。エミリオ、さん」
「は、はい?」
 唐突に呼ばれた名前に驚く。
「大丈夫。……思い出した。うん。そう」
「……?」
 彼女しかわからない理由でなんだか納得している。
 顔がこちらを向いた。閉じていた瞼が開いて、あの見慣れた新緑の輝きが飛び込んできた。
「……体、大丈夫ですか? 怪我してる……」
 顎で僕があちこちに巻いてる包帯を指してる。
「僕は大丈夫です。それよりあなたの方がひどい怪我だし……」
「アストラム、ですよね? あの魔力の、固まりに、射抜かれた事は……覚えてるんですが」
 以降は記憶がないそうだ。
「しばらくは安静にしておくようにってメルフィ先生が言ってました」
「メル?」
「ああ、今は他の患者さんを看に」
「そうなんですか……エミリオさん」
「はい、なんでしょう?」
 なんだかいつもより妙に優しい感じで呼ばれた気がするけど。
「……ありがとう」
「え? いや、僕は何にもしてないです。むしろ、僕があなたにありがとうと言いたい」
「そうなんですか?」
 不思議と上機嫌のステラさんに、先ほど思ったことを伝える。
「……というわけです。なので、ありがとうございますは、僕の台詞です」
「そう……だったんですか。私、ぜんぜん、そんなこと……気にしてませんでした。だって……」
 一端言葉を切って息を吐いて。
「大事な、パートナーだから」
「!」
「いつも、ずっと、一緒に居てくれて。ありがとうございます」
「……」
「夢を、歩いてたときも、居てくれた、気がする」
「……?」
 またよくわからない。けれどステラさんは笑ってる。
「でもあれは……」
「どうしました?」
「いえ……なんでもないです」
「そう、ですか?」
 にっこりと笑って交わされた気がする。けど、僕はこの笑顔が好きだ。誰に対しても輝いてる笑顔を見せられる、この人が好きだ。
「……存在する、力。……魔力、か。本当は……もっと、違う呼び方、されてたの、かもね」
 視線を僕からはずして天井を眺めながらステラさんが何かをつぶやいた。僕にはよくわからないけれど、とても大事そうにつぶやくのを見て、そういうものなんだろうな、と思った。

END


 なんというか、本当に、刀星の皮を被った世界観魔力捏造話です。私の本領はここなんだよ、うんw 異様なスピードで出来上がったww この、「在る力」の考え方の元ネタはあるんですが、分かった方は私と親友になれるレベルだと思われる。
2013.8.3

 

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