遠くから鐘の音が聞こえてくる。港に朝一番の船が入ったことを示す合図。これがここ拠点の朝を告げる鶏の代わり。
 その音を聞いて目が覚めてしまった。寝てからたいして時間が経っていないであろうのに習慣とは恐ろしすぎる。しかし一晩かかって大物をしとめたのだ、今日は休日にしても罪はあるまい。
 そう思って私はもう一度ベッドに横になる。けれど、物の数分もしないうちに扉をガンガンたたかれた。
「こら小娘! 貴様クエストから戻っているんだろう!? もどっているならさっさと出てこい、朝の訓練だ!」
 ……ダンデスさんだ。朝剣を振っていた時見つけられて、以降なぜか私に訓練をつけてくれている。うれしいことだ。うれしいことなのだ。けれども。
「……うあー……」
 声にならない叫びをあげた十分後にはいつもの広場に立っていた。あのままでは扉が壊れてしまう。借り物の家なのにたまったもんじゃない。
「まずは基礎体力! 広場二十周!」
「……はい」
「声が小さいぞ!」
「はいっ!」
 追い立てられるように広い広場を周回しはじめる。眠くてだるくて何がなんだかわからないがこれもまた習慣なのだろう、転ぶこともなく走る自分がいる。
「おはようございますダンデスさん、ステラさん。相変わらずですね」
「おふぁよぉごじゃいまするぅ…………はっ!」
 眠くて自分でもどこの国の言語を発してるのかさっぱりわからない。とりあえず頬をたたいて気合いを入れるがやっぱり眠い。
 小休憩をとっているタイミングでだいたい鍛冶屋からエミリオさんが出てくる。そのまま店の前で、鉱石が運ばれてくるのを待つのだとか。
 この人は確か開拓者だったはずなのだが何食わぬ顔で鍛冶屋になってしまっている節がある。女将さんはともかく親父さんが許可してるんなら別に私がどうこう言うこともないんだけど。どうねじ込んだか知らないけど鍛冶屋に一部屋もらったとか何とか……。
「あのー。ステラさん、なんだか目が死んでませんか?」
「あー、ただ、眠いだけ……朝まで、クエスト……」
 そこまで言ってダンデスさんが素振りだと叫ぶので行くことにした。
「……なるべく早く寝れること祈ってますね……」
 背中にそう伝えてくれるエミリオさんに後ろ手に挨拶してダンデスさんのところへ。鬼教官の如く仁王立ちをする様に疲れがよりいっそう襲ってきた。
 それから一時間。そろそろ人通りが増え始める頃には終わるのが毎日の習慣。いつもならすごく早く終わるけど今日はもうどうにもならないくらい遅々とした進み方だった。
「全く! 小娘、もう少ししゃきっとしろ!」
「はぁい……絶賛善処してますー」
「……」
 ダンデスさんはあきらめたように頭を振って帰宅し始めた。よし、私も帰ろう。誰にも会わないうちに。
「おはようステラ! 今日もいい天気だな!」
 しまった、捕まった。おそらく自分がパートナー契約をしている中で最強の脳天気、アレッティオだ。
「今日も一緒に素振りと行くか!」
「いや今日は」
「ほれほれ、いつもの空き地行こうぜ」
 最近ギルドの裏にちょっとした空き地を見つけたので、気が向いたときに素振りをしに行っている。だからといって今日いく気はない。はずなのに。
「……あー逆らう気力が……」
「よっしゃ到着! いちに、いちに!」
 早速隣で両手剣を振るアレッティオ。
「ほらステラもやれよ! やんないとお前、いつまでたっても上手くならねーぞ!」
「よけいなお世話よ! 最初よりはましになってるんだからほっといて!」
 悲しいくらいに下手だった剣の扱いは、実戦と訓練を繰り返すことでなんとかなってきたのだ、毎日続けた方がいいのはわかっているが今日は。せめて今日だけは。
「帰る……」
「なんでだよっ、やろうぜ」
「疲れてるんだから!」
 振り払った拍子に近くの木材を倒す。そのままギルドの窓ガラスが割れた。

 とりあえず、逃げた。


「うううう、おなかすいた」
 自室に飛び込んでしばらくベッドに横になっていたものの空腹に耐えかねて起きあがった。疲れすぎてしびれる手で食料の備蓄を漁る。
「嘘でしょ……」
 ないない、何一つない。何一つというのは語弊か、ほったらかしすぎてスカスカになったゼフィラス芋ならあったけど。せめて果物でもあれば。
「腐っててもしかたないもんね……何か食べないと……」
 不承不承部屋から這いだして露店をのぞいていく。だが盗賊団に襲われたとかで軒並み高騰している。
「なんなのもう……」
「ステラ、死にかかってるよ?」
「えー?」
 振り向くと眉をひそめたデイジーがいた。
「あー、デイジーか……ちょっと値段にめまいが起きてるだけ」
「あ、これね。確かに」
「朝からなんにも食べてないから果物でもって思ったんだけどさ」
仕方がない、井戸にでもいって水をもらってこよう。
「ってか、あんた依頼終わらせたばっかりでしょ? ギルド長から戻ってるって聞いたからさ。だったらお金あるはずじゃん」
「こないだゴタゴタしてちょっと家具が壊れてね……それ直さないと」
「あらご愁傷様」
「はいはい」
 デイジーと別れて港から戻る。魔法学院が見えて、そういえば今度の依頼からもどったらメルフィ先生のところに来いと言われていたのを思い出した。
「ここまできたら行っとくか」
 魔法学院へ行ってメルフィ先生を呼び出してもらう。
「……また無茶をしましたね?」
「そんなつもりはないんですが」
 学院の一室にメルフィ先生の部屋があって、そこで手を看てもらってる。まえから右手が痛いから掛かってるんだけども、なかなか厳しい。
「全く。このままだと使えなくなっちゃいますよ?」
「はぁ」
 穏やかな表情を崩さないメルフィ先生。
「仕方がないから先に折っちゃいましょうか」
 ……医者は穏やかな顔をして平気で鬼畜なことをいえる人種だ。

 水をくんだ帰り道、鬼の形相のギルド長と鉢合わせしてしまう。
「十やそこらのガキじゃあるまいし、逃げるやつがあるか! バカ者が!」
 どうやら窓を割ったのが誰かわかったらしい。これまたよりにもよってギルドの前での雷だ。公開処刑にも程がある。が私が悪い。だまって耐える。
「聞いてるのか! 今後しばらく、俺の判断で報酬はすべて預かり、修繕費に回すからな! せいぜい働け!」
「は……」
 死刑宣告にも等しい言葉を残してギルド長は建物に入ってしまった。残された私は水の入った手桶をその場に落としたあげく、その上に行き倒れる羽目になった。
 でも誰も気にかけてくれないのでそのまま尺取り虫のようにズリズリと家まで戻った。ギルド近くに住んでて良かったのか悪かったのか。
「寝る。もういい、とにかく寝る。寝させてお願い」
 ドロドロの衣服を脱ぎ捨てて適当に顔を拭ってベッドに倒れた。脱いだ服がもっちぃの上に落ちたらしく抗議の声が聞こえる。たぶん明日には破られているだろう。けれどももういい。
「寝る……寝るんだから……」
「おう、俺が添い寝してやるから寝ろ」
「……」
 焦点を合わせようとしない目を無理矢理働かせて周りの様子を探ると、近すぎる位置にフォルカーさんの気の抜けた笑顔があった。
「お? 寝るってそっちの意味か? だったらもう少し色っぽく脱いでほしかったな」
「き、きゃあー!!」
「うわ、おいおい」
 悲鳴を手で遮られて振り回した手も押さえられる。すぐ状況はわかったけどなんで毎度毎度人のベッドで寝てるのよこの人は。
「悪かった、悪かったからおとなしくしてくれ。ちょっとヤバい橋わたったからほとぼりさめるまでかくまってくれ」
「……またですかぁ?」
 初めてあったときからどうにもなれなれしいこの人は違法開拓者であるはずなのになぜか憎めず、幾度かかくまう羽目になっている。私には迷惑をかけないとはいうものの落ち着かない。そもそもなんでこの家なのだ。どんなに戸締まりをしていてもいろんな人間が出入りしている。
「……どこかに秘密の出入り口でもあるの?」
 もう知るものか。ねる。寝るったら寝る。修理費のことも食事のこともドロドロになったシーツのことも明日考える。
「おいおい、少しは俺を警戒しろよな……」
 何かフォルカーさんが言ってるけど知ったこっちゃない。

 目が覚めてしまった。いつもと同じ時間。極端な空腹と砂だらけのシーツをのぞけばいつもの朝だ。
「……ん?」
 書き物机の上にメモと、果物が一つ二つ乗っかってる。
『夜遅くに金髪の嬢ちゃんがこっそり持ってきてたようだ。あと、少しは男を警戒するように。寝てる間に食べられても知らんぞ。というか俺がおいしくいただくぞ。 
  フォルカー』
「……」

 いろいろと、大変なこともあるけれど。
 たぶん、きっと、私は幸せだ。

END


 「医者は穏やかな顔をして鬼畜」の一言が書きたかった。反省はしてるようなしてないような。お嬢さんの眠い眠い一日でした。そこはかとなく悩んだのは、「開拓者」の英訳。先に人がいて、そこに新たに入り込むから「Colonist」なのかなーとは思うんだけどね。難しいところだ。
2013.7.8

 

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