Dizzy

 

「……雨だねー」
「……まあ、そうね。雨以外の何者でもない」
「……」
「……」
 ピースーのエウロス集落からの、夜の見回り依頼。出かけるときにはよく晴れていたのだが、森に着いたあたりから天気が怪しくなり最終的にはシトシト雨が降り出した。
「まー、土砂降りとかじゃなくて良かったと思おう」
「この時期エウロスの森とか山とかはちょくちょく天気変わるの。「雨具持って歩け」が基本よ」
「そうなんだ。てか知ってるなら教えてよディジー」
 ステラと同じように頭に布をかぶって雨除けをしているディジーに文句を言ってみた。
「アタシ別にこれくらいだったら気にならないもん。あんた意外と神経質よね」
「……そうでもないんだけどさー。知ってる情報を共有した方が良くない?」
「今共有したわよ」
「……はい、そーですね……」
 こう言えばああ言う、ああ言えばそう言う。どうもディジーと組むときは心穏やかにならない。
「これじゃ星は無理かー」
 見上げても、雨は目に入ってくるし雲は厚いし暗いしでおもしろくない。いや、普段ならそれはそれでおもしろいのだが、目的の七割くらいが「星空を見る」ことだったのでつまらないとどうしても思ってしまう。
「何さ。星とかみるの? あんたが」
「まあね」
「へー。そんな名前だからやっぱ好きなんだ」
「まあね」
 大陸語で「星」の意になるステラの名のことを指摘するディジー。対するステラは気のない返事。言った直後にしまったと思うが、幸いディジーはそれには気づかなかった。気づかれたらまた憎まれ口の応酬になるのはわかっている。
 時折水たまりが出来ているのをよけながら。たまに上から、葉に溜まった雨が一気に落ちてくるのを受けつつ。いつものエウロス集落を目指す。
 が。
「……ねえディジー。私、目が急に悪くなったかな。あそこ……」
「何……って」
 ステラの指した方向をみてディジーが固まる。
「……目が悪くなったって訳じゃ、ないみたいよ」
「そう……それはよかった。……それは」
 指先をたどると大きな大きなツタの化け物がいる。何事かと思うが、主のごとく育ったものが雨に誘われてこんなところまでやってきたか。
「そーっと……そーっと」
「……」
 抜き足、差し足。アシッド・ポッドはまだ気づいていない。あれだけのサイズだ、捕食されたら即酸で溶かされてしまいそうだと、ステラは背中に怖気を感じる。
「そんな死に方は、やだな」
「なにさ」
「いや……溶かされたとか」
「……うげ」
 先を進んでいたディジーの声がトーンダウン。きっと心底から嫌そうな顔をしているに違いない。
 しばらく忍び足で進んでいたがどうしても視界が開けるところがある。夜で雨降りだということを加味しても、すぐ真横を通らなければエウロス集落に行けない。
「……一つ提案。破棄とか」
「だめ。私たちは仕事で受けてて、お金もらってるんだよ。挑戦してみないで破棄なんて」
 そうだけどさー、とディジーがブツブツ言うが、それを放っておいてステラは巨大アシッド・ポッドの様子をうかがう。まだこちらには気づいていない。
「それがふつう。気づかれたらそこでおしまい」
 もう少し強く雨が降ってくれれば駆け抜ける足音を消してくれただろうがそううまくは行くまい。だいたい植物は周囲の状況を関知するのがうまいのか、たいてい見つけられてしまうのだから。
「しばらく待つ? 雨もそんなに強くないみたいだし」
「そうだね。それが良いかもしれない」
 だが様子を見ていてもいっこうに状況が変わらない。このままでは集落に行く前に夜が明けてしまう。
「……ディジー、あなた魔法何か使える?」
「四大基礎魔法なら……」
「じゃ、陽動しよう。魔法を別の方に撃って、そっちに行ってくれれば御の字」
「わかった。植物だし炎で良い?」
「ダメ。魔法の炎は雨では消えにくいから。火事になる」
「……そうね」
 じゃあ、とディジーが移動をする。少し離れたところで精神集中を始めるのをみた。
「……」
 腰の剣の柄を握りしめる。何事かあればすぐに飛び出せるように。
 轟音がして周辺の空気が変わった。土塊が雨に混じって落ちてくる。
「行った! ……ディジー!?」
 相棒がこちらに向かって走ってくる。だがその背後から、移動したはずの巨大アシッド・ポッドのツタが神速で伸ばされてきているのをみた。
「ギリギリ……行ける!」
 ステラは地面を蹴って跳躍。ツタがディジーをからめ取る寸前で叩き切った。それでもまだ次々に繰り出されてくるツタ。ふつうのアシッド・ポッドと違って何本もあるようだ。あげくに切ったところから再生を始めている。
「うわっ、気持ち悪いの嫌!」
 ステラも同意だ。
「ディジー! 最大威力で風、お願い!」
「風!?」
 意味わかんない、といいつつもディジーは素直に詠唱を始めた。ステラは威力を押さえた水。雨水が少し大きくなった程度か。むしろ、落ちてくる雨水自体が少し大きくなった。
「どこに!?」
「ツタ!」
 ディジーが暴風と言っていいクラスの風を作り出し、そこへステラの雨水が加わる。とたん、穏やかに落ちるだけだった雨水が弾丸のごとく巨大アシッド・ポッドに向かって行った。
「よっし! 行こうディジー!」
「わかったわ!」
 無数に飛んでくる弾丸水に己の身を守るのが精一杯な魔物を置いてその場を離脱。走って走って、一気にエウロスの集落まで飛び込んだ。
「あー……なんとかなったね」
「そうね……だけどアンタなにしたの……」
「うまく組み合わせると魔法って相乗するんだ。あの組み合わせは前にやって上手く行ったから」
「……へー……」
「というか最初はただの偶然だったの。トム・タムで今日みたいな雨で水たまりいっぱいできててさー。私もそのとき疲れてて、間違えて水たまりに風放り込んじゃって。そしたらすっごい渦が巻き上がったのよ。以来、余裕があったら実験してみてる」
「あんたのそーいうところちょっと尊敬するわ」
「でもちょくちょく失敗するけどね。こないだは火炎流でて焦ったよ。それより前は風同士で相殺しちゃったし。ギルド長に火炎流は見つかってメッチャクチャ怒られたけど」
「そりゃ焦るし怒られるわ。ていうか拠点は魔法使用禁止でしょ……」
「拠点じゃなくて街道出たところでやってたの。ほら、あそこだとギルドから見えるじゃない。血相変えたギルド長が飛んで来て思いっきり拳骨よ。もーね、割れるかと思った」
 そのときのことは今でもたまに思い出す。
「さっきのも、水の方が調節難しくて。小さい水滴だと飛ばないし、大きすぎて水流になると当たり一面洪水になるし。ああいう非常時だけだねー、相乗魔法は」
「司書のおねーさん辺りに話しといたらそのうちどうにかなりそうな気がする」
「あ、それそうかも」
 帰ったらちょっと相談してみよう、と心の中のメモ帳に書いておく。
「なんとか依頼は果たせそう。よかった」
 今まで破棄はしたことがない。必死に食らいついていれば何とかなるものだとステラは心底思った。
「こっちの方は特に何ともないみたいだったわ」
「ありがと。こっちも問題なし」
 手早く二人分かれて見回り、またもとの位置に戻る。
「これを繰り返すわけね?」
「そそ。単純なお仕事です」
「まあ……確かにそうね……」
 いまいち納得していない表情のディジーだがそれ以上は何もいわなかった。ステラも深くは追求せず空を見上げる。
「はー……やっぱダメだね。こんな天気だったら赤ちゃんだって出てこないし」
「赤ちゃん?」
「あ、ここの集落ね、ちょっと寝付きが悪い赤ちゃんいるの。そんでお母さんがよく連れだしてきてて、ま、当然よく会うから顔なじみになっちゃった。それがさー、かわいい赤ちゃんなのよ。お母さんも美人さんだし。他に兄弟いるって言うからちょっと見てみたいんだよね。でも昼間にあんまりこここないからなかなか叶わなくって」
「そうなの。あんたってどこでも知り合いできるよね」
「それほどでも」
「……ま、いいけど」
 何か言いたげなディジーに肩をすくめる。見つめていたらぷいっと顔を背けてしまった。
「なんか慣れちゃったな、こういう態度も」
 それがディジーというものだ、と思うと何とも思わなくなってきた。
「ちょっとステラ、こっち来なさいよ」
 考え事に気を取られていたらディジーが呼んだ。いつの間にか少し開けた丘、いつも星を見る丘に彼女がいる。
「なにー?」
「いいから黙ってなさい」
「……?」
 すっと、辺りが薄明るくなる。はっとして空を振り仰ぐと厚い雲が風に流されて、その奥に隠されていた星空を展開した。
「……あー……星」
「言ったでしょ。この時期エウロスの山や森は天気変わりやすいって」
「あ……そうだね。言ってたね。ありがとう、ディジー」
「……」
 返事を期待していた訳ではないので黙ったディジーも気にならない。そうか、変わりやすいとは、こういう意味でもあるのだ。もちろんまだ厚い雲は残っているし、すぐにこの星空も隠されてしまうだろう。それでも、気づいていないステラを呼んで、この一瞬を見せてくれたことは嬉しい。
「……アタシの方こそ。さっきはあ、ありがと……」
「……ん?」
 ふと振り返るとディジーはそっぽを向いたまま。
「さっき! ツタに絡まれそうになったとき! 文字通り、飛んできてくれたじゃないの!」
「あ。あれかぁ。勝手に体動いてただけだよー。ディジーが何ともなくてよかったって思うだけ」
「……あんたのそんなとこ、嫌いよ!」
「はいはい、嫌いでいいよー」
「にこにこしないで! 浮かれた声出さないで!」
 怒り出してまた畑の方に行ってしまった。
「あはは、あれこそディジーだ」
 ふと空がまた暗くなる。見上げると最後の星がちょうど雲に隠されたところ。それでもステラは嬉しかった。ダメだと思っていた星空を期せずして見えたのも確かだが、それよりも嬉しい明かりを見つけたから。
「これだから、だれかと一緒に旅するのって、やめられないよね」
 さあ、ディジーが怒り出す前に次の巡回をしてしまわなくてはならない。ステラは空を振り返らず、畑へ向かった。

END


 ディジーちゃん編。相乗魔法のネタ考えるのがたのしいんですがビョーキですかw
2013.7.3

 

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