ノトスの食材には結構好みのものが多いので、フォルカーは他の拠点集落よりも多く顔を出すことが多い。裏通りまではなかなか特産品が流れてこないためだ。
「いいの来てるな。こりゃ酒場に持ち込んだらうまいもんできそうだ」
 料理はできるが自分のためだけにするのはあまりしない。それよりも食材を持ち込んで料理をしてもらう方が安上がりだし手っ取り早い。
「そこの、開拓者」
「んー?」
 いきなり背中に声をかけてくるものがいる。ゆっくりと振り返ればノトスの若者。
「ああ、あんたか。ええと、ステラのパートナーの一人で……アニ・ガト!」
「……ラニ・ラトだ」
「ああすまねぇ。野郎の名前はすぐ忘れるんだ、悪く思わないでくれ」
「気にしない。……少し聞きたいことがある」
「んあ?」
 この見るからに健全で裏とは関わりのなさそうな青年がいったい何の用事があるというのだ?
「確かフォルカー、と言ったな?」
「そうだが」
「ステラの家に、よく忍び込んでいるな?」
「……よくご存じで」
 警戒心が頭を擡げる。何がいいたいのだろう。だが、意図が分かるまでは多くは語らないように。
「……ちょっとこっちへ」
「おいおい、俺は野郎と乳繰りあう趣味はねぇぞ」
「おまえ本気でいやがっているだろう? 俺にもないぞ。いいから人目に付きたくないんだ」
「……へぇ」
 言われるままに資材の陰へ。しばらく悩んでいたようだがラニ・ラトが唇を開いた。
「なぜ、とは聞くな」
「確約出来ねぇ。それでも良いなら話せ」
「……あの家に入りたい」
「……何?」
「なぜ、と聞くなと言った」
「……いや、さすがにそれは聞くぞ? 俺も確約できないと先にクギ刺してたからな。あの家って、ステラの家だろ? おまえさんみたいな人間がいう言葉じゃねーし」
「頼む、聞くな」
「……」
 妙にせっぱ詰まった感じが気になる。
「あいつお人好しだから、入れてくれっていったら普通に入れてくれると思うが」
「……それはそうだろうが」
 それだけではいけないんだ、とラニ・ラトが小さくつぶやいている。
「まぁ……いいけどよ。んじゃ早速行くか?」
「! ありがたい」
 一も二もなく頷くのを見て、何かやましいことでもするのかとこっそり肩をすくめるのだった。


 もしもステラが聞いたら迷惑この上ないと盛大にため息をつくことだろう。が、今はメルフィの巡回につきあって氷湖まで行っているらしい。出たばかりだから最低でも十日は戻らないだろうとのこと。
「んじゃま、まずは窓。あいつ結構そそっかしいから窓開けっ放しのことがある。戸は閉めてるのにその横の窓が全開したままだった時には目を疑ったが」
「……閉まっているようだな」
「確かに。じゃあこっちだ」
 とフォルカーは裏に回る。
「裏口も、裏の窓も閉まっているようだ」
「ああ、そっちじゃない、こっちだ」
 フォルカーは隣家との間にある細い路地を進む。あわててラニ・ラトも後を追った。
「ここ、上がる」
 いいつつ、付近のゴミ箱や塀に足をかけて器用に上がっていった。
「で、ここ。あいつここの存在気づいてないんだよな。だからここから入れる」
「……屋根裏部屋、か?」
「そうなんだろう。もともと多分、一家で移住してきた奴に対応できるくらいの家だからな。一人じゃ使わないところも出てくるから知らない部屋もあるんだろう」
「なるほど」
「んじゃまあ俺はこの辺で。あんまりうろついてると門番に捕まっちまう。ステラの家は、立地だけが今一いかん」
 ぶつぶつと何事か文句を言いつつフォルカーは降りて行ってしまった。残されたラニ・ラトは、しばらく悩んでいたものの意を決して家の中に入っていった。



「……」
 部屋の真ん中でステラは考え込んでいた。何か、何かがおかしい気がする。それがはっきりしないため気持ち悪くて仕方がない。
「……私の行動を振り返ってみる」
 まずは、しばらくメルフィの付き添いで、氷湖のポリアス集落に行っていた。行程と滞在期間併せて十日ほど。その間拠点で盗難騒ぎがあったとか、そう言うのは皆無。
 つい先ほど帰宅、装備を解いて習慣であるクエスト帰りのお茶一杯を用意しお湯が沸くのを待つ。お湯が沸いてピッチャーに入れ直し、お茶葉を入れたカップとともに二階の自室に上がる。
「で、なんか変な気分になる、と」
 侵入者がいたのか? 窓は閉まっていたし裏口も閉まっていた。侵入するにしてもいったいどこからだ?
「うーん……気のせいなのかなぁ。でもこういう時ってたいてい当たるからなぁ」
 寝台に座り込み腕組みをする。いつものようにもっちぃが足元によってきた。
「あー、もっちぃ、餌だね……!?」
 よくよく見ればもっちぃより色が薄い。ではもっちぃはどこに行ったのだ? 
「もっちぃー!?」
 あわてて呼びかけていると書き物机の陰から小さな鳴き声が聞こえる。
「あ、そんなところに……ってもっちぃじゃないし!」
 今度は明らかに色が白いではないか。
「も、もっちぃー! もっちぃー!」
 しばらく家の中を探し回り、最終的に三匹プンクックがいた。だがもっちぃはいない。
「な、なんなのよもう……」
 頭を抱えていると、どうも上から音がする。
「う、上?」
 この期に及んでネズミか何かがいるのか? いったいどうなっているのだ。
「は、梯子……」
 どうやら廊下の天井から屋根裏に行けそうだ。庭の倉庫から梯子をもってきて、踏み抜きそうになりながらおそるおそる填め板を外して頭だけ屋根裏へ。
 思っていたほど暗くない。明かり取りの窓がかなり大きく作られていて、屋根裏の様子もよく見える。空っぽの木箱がいくつか、転がって残されたままだ。
「よっと……」
 懸垂の要領で体を持ち上げて本格的に中に入る。小柄なステラなら立ち上がっても特に問題はない。
「……風?」
 無造作におろしているままの前髪が不意に揺れた。どこかに隙間があるのか、それとも。
「あー……ここか……」
 やたらに人が入り込んでくるのは、この明かり取りの窓があるせいだ。鍵が壊れてしまっていてまともに閉まらない。
「どうしたものか。とりあえず直さないといけないけど」
 それはそれとして先ほど聞こえた音をどうにか確認しなければ。ネズミなら駆除もしないといけない。
 が、その心配はなくなった。木箱の陰から姿を現したのはもっちぃ。
「ほ、本物のもっちぃだよね?」
 小さく鳴く様子はいつもと変わらない。なんでまたこんなところに、と思うが多分誰かがここに連れてきたのだろう。その「誰か」を探しておかなければ。


 ちょっとした罠を仕掛けて置いてまたクエストへ。うまくすれば今回どうにかなるかな、と思い、適当に魔物をあしらって目的を果たし足早に帰還。かなりの強行軍だったらしく同行したガーディアンとパートナーのシグリッドから文句が出たが、適宜謝りつつ拠点に戻ってきた。通常よりもかなり早い期間で戻ったので、もしかしたら侵入者とはち合わせるかもしれない。
「……それならば依頼にでたふりをするだけでよかったのではないか?」
 シグリッドのつっこみに、そうか、その手があったと手を打ち合わせるステラ。
「……」
 もう何もいうまい、とシグリッドはステラと分かれて帰って行ってしまった。
「気づかなかったんだから仕方ないじゃない……お金にもなるんだしさー」
 肩をすくめつつそっと部屋に入る。もっちぃも併せて四匹になったプンクックが一斉に鳴き始めた。
「ああもう、ちょっとまってよ……」
 餌の必要量が跳ね上がったので備蓄が尽きそうだ。またお金が飛んでいく、と内心げんなりしているところに。
「うわああっ!」
 叫び声と続いて大きな音。何か割れたような。
「来たっ!」
 ステラは部屋を飛び出す。後ろから、やっと餌をもらえるはずだった四匹のプンクックが文句を言いつつ付いてくる。
「……え?」
 ステラとしてはだいたいの侵入者の予想はしていた。まず間違いなくフォルカーだろうと。が、そこにいたのはノトスの次期長、ラニ・ラト。天井から片足を、仕掛けてあった縄にひっかけて逆さまにぶら下がっている。あまりに意外な結果で一瞬呆けた。
「おい。俺が言えた義理じゃないんだが、せめて逆さ吊りくらいはどうにかしてくれ」
「……うん……」
 縄を切ると器用に一回転しながら降りる。そのとたん、プンクックたちがラニ・ラトによっていった。
「……何これ。なんかすごくなついてるけど」
「ここしばらく餌をやっていたからな。なつきもするだろう」
「……は?」
「……つまりだ」
 開拓という仕事をしている以上遠出をする。ステラはここのところ拠点から離れたところに行くことが多く、なかなか家にいない。その間、残されたもっちぃがどうなっているのか心配でたまらなかった、と。
「……そういうことだ」
「あー……うん、まあ、そりゃ心配してくれたんだろーなーってのはわかるよ……」
 ラニ・ラトは四匹のプンクックに囲まれて、真剣な表情をしようとしては口元が嬉しそうに笑っている。そんな様子を見れば心配してくれていたことはよくわかった。
「けどさー。人のうちに忍び込むってのはどうかと思うんだよ。フォルカーさんじゃないんだからさ……てかあの人に関してはもう諦めたけど……」
「申し訳ない。ただ、思いついたら居ても立ってもいられなくなった……」
 聞けば自分がいない間にもっちぃのことに思い至ったそうだ。
「ああ、メルの付き添いだったとき? そりゃ長く帰らないもんね……」
「おまえは思い出さないのか? もっちぃが、誰もいない部屋で空腹で心細く鳴いている様子を!」
「いやちょっと落ち着いてってば。思い出さない訳じゃないけど……」
 結構もっちぃはほったらかしててもたくましいよ? そう続けたかったが男の様子を見るととてもではないがそんなことを続けられない。
「と、とにかくもうあの窓は封印するから。長期の依頼で家あけるときは……もっちぃあなたのところに連れて行くよ。それでいいよね?」
「む! ほ、本当か!?」
「本当。本当だから目の色変えてかみつきそうな顔しないで」
「すまない。いや、それならば……明日から海岸ぐらいに行ってこないか?」
「……」
 まじめそうに、だが目をきらきらさせて提案してくるラニ・ラトにそっとため息を付いた。
「ところでさー。なんでプンクック増やしたの?」
「それは知らん。勝手に増えていた」
「……もっちぃが呼んだのかな」
 これ以上ひそかに餌やりをされていたらもっともっと増えて、この家はプンクックで満たされたかもしれない。それは困る。思わず、窓からプンクックがこぼれ落ちる様を想像してしまった。誰が喜ぶのだそんな状態。と、ふと、目の前の男をみやり、この男なら喜びそうだと思ってあわてて頭を振る。
「あ、あとさー。ここに入る方法誰かに聞いた? それとも自分で見つけた?」
 さすがにラニ・ラトが口ごもる。フォルカーさん? と水を向けてみると、ようやく小さく、
「……あの違法開拓者だ」
 と答えた。
「……やっぱり、か」
「おいステラ、おまえ眼が笑っていないぞ?」
「そう? 気のせい気のせい」
 なぜかラニ・ラトがおびえたような声を出している。
「まーとにかく理由はわかったから。んじゃちょっと用事するから……」
「待ってくれ!」
「……何?」
「今日の餌やりも、させてくれ……」
 その様子があまりに捨てられた子犬のようで、結局ステラも、いいよ、と言うしかなかった。


 オルガが家の中の空気の入れ替えをしようと窓を開け、戸を開けていたら唐突にフォルカーが飛び込んできた。
「ちょっと。何なの朝から」
「すまん。かくまってくれ」
「また官憲?」
「違う、ステラだ」
「ステラ?」
 門番と追いかけっこをしている程度なら別にかくまってもよかったのだが、相手がステラとなると少し話を聞いた方が良さそうだ。
「いやな? ちょーっとな? ラニ・ラトにステラの家の入り方を教えたんだよな? そしたらステラにバレて怒り狂ってるんだよ、今」
「……そりゃ怒るでしょ、あの子も」
「そもそもラニ・ラトが口割らなければ俺は安泰だってのにまったくよぉ」
「反省しなさい反省。たまにはいい薬でしょ」
 といいつつオルガは戸を閉め、ついでに指をパチンとならす。なんだ、とフォルカーが思っていると、奥の子ども部屋の方から誰かが出てきた。
「はぁいおはようフォルカーさん」
 ステラだ。
「な、なんでおまえこんなところに!?」
「こんなところで悪かったわね。たまに泊まりで子どもたちと遊んでくれてるのよ。もっとも、今朝はちょっと違うけどね」
 オルガの説明は男の耳に半分以上入っていない。
「いつかはここにも逃げ込んでくるのかなーって思ってね、オルガには悪いけど張らせてもらってたのよ」
「その間子供たちと遊んでくれてたから私としては全く文句はないわ」
「……お、女の連帯感は恐ろしい……」
「なーにが恐ろしいんですかー?」
「ちょっとまて、速まるな! 話せばわかる! 人同士、会話という文化的な方法がだな……」
「んー。でもフォルカーさん、いくら止めてっていっても家の中に勝手に入ってきちゃうじゃないですかー?」
 ぽきぽきと手をならしつつ一歩ずつ男に近づいていく。オルガは、まだ寝ている子どもたちを起こさないよう、また起きてきても眼に入れないよう子ども部屋の戸を閉める。
「……覚悟、いいです?」
「よくないよくない、全くよくない!」
「一発歯ぁ喰いしばれーっ!!」
 直後にバチンと音がした。

「……ほんとに手加減なしだな……」
「一発で済んで良かったって思ってくださいよ。ほんとに盗賊とかだったらしばらく歩けなくする自信ありますから」
 頬に見事な手の形を付けたフォルカーが床の上でブツブツ文句を言っている。
「あの窓はもう封印しましたからね、もう入らないでくださいよ」
「……窓って屋根裏か?」
「そう」
「……」
「?」
 黙ったフォルカーが不気味だがそれにばかり気を取られている訳にも行かない。
「じゃあオルガ、私はこれで。朝から賑やかにしちゃってごめんね」
「かまわないわよ。また遊びにきて」
「うん」
 にこりと笑って家を出て行く。
「さああなたも。そろそろ子どもたち起きるから」
「うぃっす」
 こちらはオルガに追い立てられて。しばらく立っていたが、やがて笑いがこみ上げてきた。
「そうかそうか、気づいたのあの窓だけか。ならまだまだセーフハウスは確保できてるってことだな」
 今度は絶対他人には言うまい。せっかくの安全な場所だ。それに。
「あいつの寝顔とかけっこー可愛いんだよなぁ。寝ぼけてるのもオツだけどなぁ」
 思いだし、一人で笑う。
「でもまあ、程々にしなきゃな。あいつが家に帰れなくなってもかわいそうだ」
 家は安らぎの場だ。が、誰かが侵入してくるという恐怖はそれを簡単に打ち砕いてしまう。
「だんだん気にされなくなっては来ているが、な……」
 それはそれで何か悔しい。
「しばらくはちょっとおとなしくするか。せめて頬の跡が消えるくらいまでは」
 その間は何をするかな。そんなことを思いつつ、首を回して体をほぐし、裏通りの雑踏の中に消えていった。

END


 ステラお嬢さんいないときもっちぃどうしてるのかなーって思ったら出来てました。

「一発歯ぁ喰いしばれーっ!!」
 が、書きたかったってーのは秘密でw
2013.6.24

 

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