僕は、もっちぃって名前をもらった。今僕の面倒を見てくれてるステラって女の人じゃなくて、その前の人からもらった。その人はとっても優しくて、けがをして困っていた僕をここまでつれてきてくれた。けれど、いつからか、居なくなってしまった。ギルドって言うところの人が、僕をどうしようかと考えていたけれど、結局そのままこの家にいることになったんだっけ。
 ステラは僕に大好物の虫を、時々取ってきてくれる。前の人ほどの回数じゃないけれど、それでも僕は満足している。
 ステラは前の人よりも、とっても笑った顔がいい。時々泣いてるときもあるけれど、大体は笑ってて楽しそうにしている。
「もっちぃ、お散歩いこうか?」
 僕はお散歩が好きだ。時々ステラはいなくなるけれど必ず戻ってきて、戻ってきた次の日にはこうやって声をかけてくれる。僕が寄っていったらひょいと抱き上げてくれて、頭の上に載せてくれる。少しバランスを取るのが難しくて、最初はステラの頭に爪を立てたりしちゃったけど、今はもう慣れた。
 外にでると次にギルドに行く。もじゃもじゃして難しそうな顔をした人と難しそうな話をしていることが多いけど僕には関係ない。ただ、この人には絶対に針をたてちゃいけない。それだけはなんだか、どこからか警告みたいに告げてきている。
「おやステラ君か。今日も依頼確認か?」
「レインヴァルトさんもお疲れさまですー。ボリスさんの調子はどうですか? 最近ギルドで見かけませんが」
「あいつはリハビリだといって簡単な依頼を受けているよ。私もそのつきあいに行ってきたところだ」
「あ、じゃあアーシャのお薬が効いてきてるんだ! すごいなぁアーシャ」
「そうかもしれないな。あとは、薬があるから大丈夫、という前向きな気持ちにもなったようだ。いずれ以前のように依頼に出られるだろう」
「おおお、それは本当に良かったです」
 ここにいると時々この背の高い人とステラは話している。この人にも僕は針を立てられない。理由はさっきのもじゃもじゃの人と同じで、どこかからか警告がきてるから。絶対に、勝てないぞって。
「あ、シグリッド! ……どうしたの?」
「ステラか……ちょっとな……もっちぃも久しぶりだ……」
 黒い髪の女の人。この人も、ここでよく会う。僕を見ると笑ってくれて時々なでてくれるから好き。ステラの知ってる女の人はみんなそうやってしてくれるからみんな好き。
「……もしかしてまた道に迷ってた?」
「……」
 黒髪の女の人は黙ってしまう。けれどステラは納得行った、というように頭を振った。僕が落っこちそうになったのですぐやめたけど。
「マスター、ギルドまで巨大な案内板をたくさんおいてくれないか……?」
「無茶を言うな。どうやってそんな場所を確保しろというのだ。おまえ以外はここまで迷ったという話は聞かんぞ?」
「……」
 女の人はがっくりと頭を下げて近くの椅子に座り込んでしまった。どうにかしようよ、とステラの頭をちょっと引っかく。
「あーもっちぃ、こればっかりは私でもどうにもなんないのよ。また後で、おいしいお菓子でも持って行ってあげよ」
 お菓子。僕はあまり好きじゃない。虫の方が好き。だけど、特に女の人は喜ぶ。へんなの。

 テルマエ、ってところには僕は入ったらいけないらしく、気になるけどステラは連れて行ってくれたことはない。
「そこじゃなくて港まで行くんだよ。確か今日はいい肉が本国から来る日だったし」
 港か。強い風は別に嫌いじゃないけどあとからべたべたして、針のたち具合が悪くなるからちょっと不満。鳴いてみたけどステラは気にせず行ってしまう。ああもう、帰ったら手入れしないと。
「プンクックを頭に乗せてどこへ行くつもりだ?」
「なかなか似合ってるんだよなその格好。新しいファッションか?」
「ああもうほっといてよクロトキさんにフォルカーさん……。もっちぃ抱いてると重いし歩かせるとさすがに歩幅あわないからこうなってるだけですってば」
 黒いきれいな男の人と大きな体の男の人はたいてい外で一緒にいる。大きな体の男の人は時々家にいるから、針立ててみようと思ってるんだけどどうしてもだめ。いつも逃げられる。悔しいのでまだまだやってやる。
 黒いきれいな男の人は最近逃げられることも多くなったけど、概ね立つからまだ大丈夫。
 そもそもステラのことをなんかへんな眼で見たりするから立てたくなるのに、いつになったらそれがわかるんだろう? ステラもそれに早く気づけばいいのに。ぜんぜん気づかないから僕がこうやって守るしかないじゃないか。
「港に船来てました?」
「ああ。先ほど入ったようだ」
「あ、じゃあ売り切れる可能性高いから失礼します!」
 と、ステラが走り出す。落っこちそうになるのでしっかり爪を立てた。
「いたたた!」
 なのですぐ走るのを止めてくれた。


 その、いい肉ってのをしこたま買い込んでステラがニコニコしている。
「おー、今日は大量だったんじゃん」
「うおお、俺も食いたい……」
「たまにはこういう日だってないと。いっつも他の人に出遅れるんだからさ」
 ディジーって女の人。ぶっきらぼうだなーって思ったこともあるけど、実はなんか照れくさそうに何かしてる姿が好き。ステラでもあんまり見たことないけど、僕の前だとディジーは良く笑ってくれてる。
「ってー!」
 一緒にいたつんつんした男の人。ステラにやたらとなれなれしいけど、なによりこうやって針立ててみたときがおもしろい。今だって後ろを押さえてピョンピョン飛び回ってる。
「こらもっちぃ! どうしてアレッティオ見ると針すぐ立てるのよ!」
 怒られた。でもステラ、おもしろいでしょ?
「ごめんアレッティオ……言い聞かせてるんだけど……」
「いやまあコイツになんか言い聞かせるってのもすげー面倒だろ? だからまあ、いいよ……」
 ほんとにごめん、とステラが頭を下げ、それから買った肉の一部をツンツンに渡す。
「これでも食べてちょっと気を紛らわしてちょうだい」
「いいのか? それはありがとよ」
 ツンツンが上機嫌になって行ってしまった。いいのか? と一声鳴いてみたけどステラは肩をすくめただけだった。

「はい、わかりました。少し待っててくださいね」
 酒場には僕は入れないから、と外で待たされている。さっき買った肉をここで下拵えしてもらうんだ。ステラもそれくらいできるんだけど、材料持ち込んだら安く下拵えしてくれるからいいんだって。
 その間ステラは酒場の中にいて、僕は外なんだけど大体ステラの友達の女の人が一緒に居てくれる。
 今日は、ルーティルと、ニケ、だったかな。金色で黒色の女の人と、髪の毛の短い女の人。時々それに、僕をこっそりいつもかわいがってくれるちょっと色黒の男の人がいる。なぜか女の人がいると僕の方をあんまり見てくれないのが寂しい。今日も樽の陰からこっそり僕の方を見ている。今日は餌をくれないんだな。なでなでもしてくれないんだな。なんだか悲しくなって来ちゃった。
「お待たせーもっちぃ。さ、帰ろっか」
「ばいばいもっちぃー」
 髪の毛の短い女の人がニコニコと手を振ってくれた。あの男の人も。
「……ラニ・ラトも正直になっちゃえばいいのに。だれも何ともいわないと思うんだけどなぁ。まぁ彼のプライドの問題っぽいからなんとも言えないんだけど」
「なんだ小娘! 往来のど真ん中で考え事するな! 邪魔だ!」
「あ、ごめんなさいダンデスさん」
 あわててステラが脇によって、そのすぐ傍を白い頭の男の人が通り過ぎていく。ああ、この人にも針は立てられない。とってもステラのことをぞんざいに扱うんだけど、ほんとは誰より心配してくれてる人だから。ステラもそれを知ってるみたいで、怒られてるのに言い返さない。なんだか嬉しそう。
「あ、ステラ! もっちぃも!」
「今日もお散歩なの?」
「うん。アーシャとオルガも?」
「違うのよ、私は子どもたちのための買い出し。みんな元気で服とかが破れちゃってね」
「アーシャ、散歩! ステラと一緒! そうしたらオルガに会ったからおつきあい」
 僕をステラの頭からおろしながらオルガって女の人が抱きしめてくれる。なぜかとてもいい気持ち。よくわからないけど、多分、おかあさん? みたいなの。ふしぎな気分。
 アーシャは、いつも変わった香りがする。ちょっと苦手だけど、アーシャ自身は好き。抱きしめてくれるとオルガとはまた違った感じで気持ちいい。でも一番気持ちいいのはステラ。
「あ、ステラさん」
「ご機嫌うるわしゅう」
 また女の人たちが増えた。今日はどうもいろんな人に声をかけられる日だ。
「やっほーメルにマリアー。どうしたの二人そろって」
「エンファンでけがをされた方がいたので往診に行っていました。マリアシャルテさんのおかげで無事に行くことができたんです」
「私にできることはこれくらいですから。メルフィ先生のお役に立ててなによりですわ」
「二人ともお疲れさま!」
 ステラがにっこりするとみんなにっこりする。これはいつも僕は不思議に思う。ただの笑顔。なのにみんな幸せそう。僕も幸せになる。ほんとに……どうしてだろう……?


 幸せに浸ってたのに僕のどこかで警告音がしている。いる。一番危険なのが、近くにいる。
「ちょっともっちぃどうしたの。何警戒モードしてるのよ……痛いんだからさ」
 ステラから文句が出た。でもそれぐらい我慢してほしい。ステラの安全のためなんだよ? 少し頭に爪を立てたくらいで怒らないでほしいな。僕だって幸せ気分から振り落とされたんだから。
「……」
 用心深く、全方位に向けて針をちょっとだけ動かす。こうやるとあたりの状況がよくわかるんだ。何の変哲もない、いつもの、広場で、英雄像ってのが近くにあって……。
「あ、ステラさん。預かってた得物……ってうわーっ!」
「も、もっちぃやめなさい!」
 標的が出てきた! 僕は容赦なく針を飛ばす。ステラに押さえ込まれるけど、彼女を傷つけないように針を飛ばすことぐらい簡単さ!
「こら!」
「い、痛い痛い! もっちぃ痛い!」
 気安く僕の名前を呼ばないでほしい。だいたい、なんでコイツはこんなにステラになれなれしいんだ! そりゃーあの頭が白い人くらいステラのこと心配してるのはわかってるし、ステラの方だってなんか知らないけど安心してるみたいだし。
 だけどそれが気にくわない。なぜだといわれても、そうとしかきっと答えられない。
「いい加減にしなさいもっちぃ!!」
 ……ステラが怒った。僕に。本気で。
「どうしてそう、毎度毎度エミリオさんみたら針飛ばすのよあなたは。アレッティオにもそうだけどさ、なんかエミリオさん相手の方が本気でしょ? このままそんなことばっかりしてたらここにいられなくなっちゃうよ?」
 それは……嫌だ。今更もう野に帰るなんてできないのはわかってる。みんな好きなんだから。一部を除いて。
「も、もう大丈夫、ですか?」
 大きな盾の後ろからあの危険なのがステラに声をかけてる。気にくわない。けれど、ここにいられなくなるのは嫌。
「あ、はいすいません……飼い主として謝ります……」
「い、いやああははは……ほんと、僕はもっちぃに嫌われてるなあ……」
「どうしたんでしょうね本当に。他のみんなには、あまりそういうことはないんですが……。あ、で、何かご用事でしたか?」
「ああそうでした。預かってた剣の強化終わったのでお渡ししようと」
「え、そんなに早くに? 三日ぐらいかかるって親父さん言ってたのに」
 ステラは気づいてないみたいだけどコイツの手を見るとかなり汚れてるし傷ついている。だから多分親父さんじゃなくて、コイツがやったんだと思う。それもやっぱり気にくわない。
「あ、じゃあお金……は、今全部これになっちゃったので後でもってきます」
 っていいながらステラはさっき買って下拵えしてもらった肉を振る。
「どうせだからお裾分けしちゃいます。どうぞ」
「え? いいですよそんな」
「さっき本国から着いたばっかりのいいお肉で酒場で下拵えしてもらってますから。女将さんに渡しときます」
「えっ、だからそこまでしてもらわなくても……」
「でもいつもいつもだし。せめて」
 いいつつステラは、ギルドの横の建物に入って行ってしまった。僕はコイツと残されてしまう。
「……お金ももらいたくないくらいなのに。あの人の得物なら、いくらだって直すのに。でも、例外は、ダメだよな。親父さんに申し訳が立たない」
 何かつぶやいてるのが聞こえた。それを聞いてやっぱり嫌な感じになる。けど。その眼をみてたら、僕は結局なにもできなくなってしまった。

 部屋に戻って床におろしてもらい、僕はステラの近くに寄っていった。なぜか知らないけれどステラがここから居なくなってしまうような気がしたから。
「なにもっちぃ。さっき餌あげたよー?」
 苦笑いしながら書き物机に向かってたステラが僕を抱き上げてくれる。それが心地よくて、甘えた鳴き声を出してしまう。
「あはは。もっちぃ可愛い。けどね、あんまりアレッティオやエミリオさんに対して針立てないように。ほんとにあなたここにいられなくなるかもしれないんだからね?」
 わかった? 少しだけ厳しい眼で僕に言う。だから、がんばってみるよ、と一声鳴いた。



もっちぃ的格付け
1:ギルマス、レインヴァルト、ダンデス(本能で危険回避クラス)
4:ラニ・ラト(好き好き)
5:フォルカー(逃げられる)
6:クロトキ(三回に一回立てる)
7:アレッティオ(立てるとおもしろい)
8:エミリオ(完全にライバル)

END


 最初平仮名で書いてたんですがだんだんこっちが発狂しそうになったので急遽漢字まじりに。いやーだめだ、もっと短いやつなら平仮名でも普通に読めるとは思うけど。ちなみにもっちぃ格付け、女の子は絶対針は立てません。あと途中の抱きしめてもらって気持ちいい云々は胸です胸。きっぱりw
2013.6.14

 

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