「うおーいステラ、お前今ヒマか……ってうわっ!」
 まだ寝ぼけた顔のアレッティオが緩慢な動作で扉を開けると真横を小さなナイフが通り過ぎ、顔からわずかに離れた柱に三本ほど突き刺さる。カカカっと小気味よい音が逆に恐怖をもたらす。
「あっ! 大丈夫!?」
「おっ、おっ、お前なにやってんだよ!?」
「研ぎに出そうと思ったからそこに立てとこうと……ってか、人の家をノックもなしに開けないでちょうだい」
「う……それは悪かった。俺が悪いな」
 しまった、大姉に怒られると苦い顔をしている。
「開拓者暮らしが長くなってそういうのがどうもいい加減になってるな……」
「んー?」
「なんでもない」
「そう? で、何の用事?」
 そうだった、と肩をすくめる男。
「模擬練しないかって誘いにきた」
「ああ……」
「昨日までシグリッドが相手になってくれてたんだがギルドに呼ばれてそのまま依頼にでるらしいんでなー」
「そうなんだ。んー。そりゃ私でいいなら」
「おー助かる。でかい剣使える奴少ないからさ。仕方ないから」
 後半の物言いにステラはむっとするが言葉には出さないようにした。確かに自分は片手剣も両手剣も苦手だ。
「……エミリオさんも使えたはずだよ。私よりは上手なはず……って、あ。まだ知り合いじゃなかったり?」
 頷くアレッティオにステラがなるほど、と笑う。
「鍛冶屋さんにはいくでしょ?」
「ああ」
「そこでみてるはず。眼鏡かけた若い人。あの人がエミリオさん」
「そうなのか。確かにいたような気がする。あまりにナチュラルに作業場にいるからあそこの関係者かと。そうか、違うのか」
「うん。まあちょっと……いや、それなりに癖はある人だけどね、いい人だよ」
「ふーん。機会があったら話してみるさ。んで行くのか行かないのか」
「どこ」
「英雄像の前」
 ならば帰りに鍛冶屋によってナイフを研ぎに出せばいいだろう。軽く身支度を整え、柱につきたっているままのナイフも引き抜いた。

 英雄像前の広場は広く、いろいろな人間がいた。大半は開拓者で、これは近所にギルドがあることに起因している。それぞれ模擬戦をしていたりこれから旅にでる打ち合わせをしていたりと様々だ。
 それらのメンツのじゃまにならないようステラはアレッティオと刃を打ち合わせていた。が、どうにも押されっぱなしでおもしろくない。なんとか上手にたとうと思っても、男の方が剣の扱いには長けているようですべて技を防がれた。
「……なぁステラ、お前まじめにやってるのか?」
「すっごいひどい言い方だよねそれ。これ以上ないってくらいまじめにやってますよーだ」
「ならどうやって依頼に出てって生きて帰ってこれるんだ……それが不思議でならん」
「まだそんなにたくさんはしてないよ」
「マジか?」
「で、少しでも使い慣れた剣がボロボロになったから鍛冶屋に持ち込んだら親父さんにメチャメチャ怒られて、十日くらいかかるっていうから」
 今使っているのはエミリオが貸してくれている予備である。
「……ほんとに習熟できたら得物なんて選ばなくていいんだけどね」
「そりゃそのとおりだが。お前の剣の扱いはちょっとどうかと思う……」
「ほっといて! 人には向き不向きってーのがあるでしょう!」
 英雄像の下に座り込み思いっきりアレッティオにむかって舌を突き出す。
「じゃあ聞くがお前が得意なのはなんなんだよ?」
「そうだねぇ。なんか一通り使えるようにはなったけど」
 少なくとも剣は使えてねーぞ。アレッティオのつぶやきに素早く反応して足を踏みつける。
「曲がりなりにも身を守る程度には振れるってこと! ……とにかく混ぜっ返さないで人の話聞いた方がいいよ?」
「わかったよ。んで何か得意なもんあるのか?」
「長柄が好き。一番はじめに習ったのもそれだったしね。後から聞いたらすごく有名どころの先生だったって。国中の猛者がならいにくるとか」
「……本当か?」
「うん。槍の名手だったんだって」
「いや、習った師匠のことじゃなくてお前の、槍が得意って話だが」
「得意かどうかは知らない。でも一番自分に合ってる感じがして。よく風切り音立てて遊んでた」
「ハァっ!?」
 唾が飛んできた。心底からいやな顔をしてアレッティオをにらみつけるステラ。
「……なによ。槍が似合わないっての?」
 男は呆然としつつも頭を横に振る。
「ち、違う違う……。風切り音だと?」
「え? うんそうだけど」
「……」
 二呼吸ほど二人の間に沈黙が漂い、直後アレッティオは腹を抱えて笑い始めた。
「ヒーッ! い、いうに事欠いて、か、風切り音! こりゃたまんねえ、酒場のネタになる!」
「なにそのネタってのは!」
 笑い転げるアレッティオから聞くと、ステラの剣の扱いの下手さ加減は酒場の格好のネタなのだそうだ。
「誰がな、言い出したかしらねーけどな? ヒヒヒ、お前妙なところで有名なんだぜ?」
「……失礼にも程がある」
「だ、だったら、アッハッハッハ、そうだ、あれ、証拠? そうそう証拠見せてみろよ」
「今は槍持ってないよ。高くて自分の持ってないし」
「ほれみろ。すぐばれるような嘘つくなよな」
「……あなた本当に私を怒らせて、何か得することでもあるの?」
「ねえよ! けど、お前こそ嘘ついて得すんのか?」
 ようやく落ち着いてきたアレッティオがまじめな顔をして聞き返してきた。
「嘘じゃないって。じゃあ長物持ってきてよ」
「長物たって、あそこの箒くらいしかみあたらねーな」
「それでいい」
 その一言にもう一度笑い出した男。もはやちょっとやそっとでは収まりそうもない。しばらく待っていたステラだがあたりの視線を感じて立ち上がった。

「おばちゃん! 外にある箒貸して! あとついでにこれ研ぎに出したい!」
 ナイフを包んだ布をカウンターに置きながら道具屋の女将に噛みつくように問いかける。
「ちょっとちょっとステラちゃん、何? どうしたのそんな剣幕で。あ、研ぎは旦那に聞いてちょうだい」
 構わんぞ、と鎚の音の合間に聞いた。不思議とその低い声は激高していたステラの心を落ち着かせた。そのままステラは女将に向き直る。
「箒はだめ?」
「落ち着いたね。何するか知らないけど落ち着いてないとうまく行かないもんだよ。箒だね、好きに使ってちょうだい。でもいったい何に使うのさ?」
「アレッティオが嘘つきだって言ってくるから、嘘じゃないことを証明するだけ」
「……さっきからあの男の子の笑い声がよく響いてたけど、ステラちゃん絡みなのね」
「不本意だけど。まー女将さんも知ってると思うけどさ、私剣の使い方ものすっごくだめでしょ。こないだ親父さんにしこたま怒られたし。……エミリオさんは良い手だって言ってくれたけど……」
 鍛冶屋の鎚を追いつつなんとなくステラと女将の話を耳に入れていたエミリオは唐突に自分の名が出たのに驚いて振り返った。と、ステラと目が合う。
「あ、え、僕は嘘言ってませんよ。あなたの手はとてもよい手だと」
「エミリオさんが嘘言ったって話じゃないから大丈夫ですよ。とっても勇気づけられたんですから」
「そう、ですか?」
「はい」
 エミリオに一礼してまた女将の方に向く。
「で、アレッティオに、ほかに何か得意な物があるんだって聞かれて槍だって言ったら信じないし。酒場のネタになるとか……失礼この上ない!」
「ほらほら、また怒ってるよステラちゃん。エミリオもなだめるの手伝ってちょうだい」
「は、はいはい」
 女将に言われてあわててエミリオがステラに近寄る。
「いいたい人には言わせておけばいいのよ。ステラちゃんは槍が得意なんでしょう? それはパートナー組んだならわかるんだから」
「でも今すぐ証明しないと、酒場のネタの上積みになるし……」
「だから箒を?」
 聞いたエミリオに頷くステラ。
「風切り音くらいだせるっていったらあの調子なわけですよ」
 外から風に乗ってまだ聞こえてくるアレッティオの笑い声に苦い顔をしている女。
「風切り音は……十年くらい修行した方が出せると聞いたことがありますが」
「それくらいやってるはずですよ、十になる前に習いに行って生国でるまでやってたんで」
「へえ……」
 エミリオは心底感心して、女将はなんだかよくわからないがステラが落ち着いてきたことに対して嘆息する。
「……貸してやれ」
 鍛冶屋の主人が鎚を置いてステラたちの方をみていた。
「……出せるものなら俺も聞いてみたい」
 出せるものならな。言外の言葉をステラは聞いたが、アレッティオの時ほどカンに触らない。むしろ応援されているような錯覚まで起こす。
「ん、まあ箒ぐらいいいよ。使ってちょうだい。旦那もああいうことだし」
「ありがとうございます!」
 ぱっと笑い、緑色の瞳を輝かせた。

 箒を拾って広場まで戻ったステラをみてアレッティオとそのほかの話が聞こえていた開拓者たちがまた笑い出しそうになる。が、それを仏頂面の鍛冶屋と同じく不満を隠さないエミリオが制した。二人の妙な迫力に少しあたりは静かになる。
 そんな中、ステラは黙って箒を軽く振り回していた。
「ふーん。この箒の重心はここなのね……」
 なにか得心がいったのか、軽く頷いてからなめらかな動作で箒を振り回し始めた。しばらくは箒の先が立てるガサガサした音しかしなかったのだが。
「……なんだこの音」
 開拓者の一人が気づく。それを皮切りにほかにも気づいた人間が出てくる。
「……」
 ステラは手の延長だとでも言うように箒を回し続けている。右手に変え、左手に変え、また右手に。その動作の間も鋭い切り裂き音は途絶えない。
「……これはなかなかな音を聞かせてもらった」
 鍛冶屋がつぶやく。
「そうですね……僕も武器に関わってそれなりですが、なかなかこんな音を立てられる人はいませんでした」
 エミリオが独り言のように受けている間にステラの動きは大きくなる。と、唐突に箒を投げあげた。
「!?」
 そのまま後を追うようにステラも飛び上がって空中で箒をつかみ体制を変える。うまい具合に箒を下に構え、呆然としているアレッティオにめがけて一直線。
「う、うわあっ!!」
「あっ!」
 すんでのところで串刺しにせずに済んだ。狩人の瞳のごとく細められ光を帯びていた彼女の瞳が通常に戻る。
「……ごめん。本気だったわ」
 久し振りすぎて加減がわからなかった。
「……」
 箒を引いて腰を抜かしているアレッティオに謝る。男は返事もできないが、かろうじて縦に頭を振った。
「だから言ったでしょ? 本気で習熟できてるなら、得物は選ばないんだって。そりゃ私だってまだまだなんだけどさ。その辺のネズミくらいなら箒でしとめる自信くらいはある」
「いや……俺が悪かったよ。マジで命、狩られるって思った」
「あと、人のことよく知らないのに嘘つき呼ばわりはだめだと思う」
「それも悪かった。だめだなぁ。その辺もきっちり仕込まれてたはずなのに」
 がくりと頭を垂れるアレッティオをよそにステラは女将に箒を返す。
「女将さんありがとう。やっと汚名返上できそう」
「それはよかったねステラちゃん。それにしてもすごいわね。あたしはいまいち武器とか戦いとかには疎いんだけど、みてるだけはみてるわけで、そんな中でも格段に格好いいわよ。そうね、レインヴァルトくらい?」
「やだ女将さんそれ言い過ぎ。レインヴァルトさんとなんか比べられたら穴掘って埋まらなきゃ」
「まあまあ、そんなことないって。今に有名になるよステラちゃんは。……でも、箒であんな音がでるなんて、思ってもみなかった。みんな剣ではよく立ててるの聞くけど」
「別に刃物だから立てられるってわけじゃなくて、安定した軌道と早さがあれば結構でるんです。そもそも最初習いに行ったとき渡されたのが棍でしたしね。その辺いい加減なおじいちゃんだった」
 槍術と棍術を極めた老人だったという。初心者に刃物は触らせないことを信条にしていたが、それで棍なのかと兄弟子が嘆いていたことを付け加えた。
「こ……ん? エミリオ、あなた知ってる?」
「ええと……東の方で使われてる武器だってことくらいは……」
 虚を突かれた女将がエミリオに聞く。彼は記憶の片隅からなんとか知識を引っ張り出してきた。
「さすがエミリオさん。棍のこと知ってるんですね。この辺じゃあんまり知られてないみたいなので知らないかと……」
「一応、武器のことなら調べるようにはしてるんです。昔師匠から聞いたような気がして。……しかし、こんなに身近に棍を使える人がいるなんて」
「ごめんなさいエミリオさん。棍は習ってないんです。……習うつもりだったんですが、それより前に……ちょっと」
 ステラの顔が曇る。
「あ、いいですいいです。すいません、気にしないでください」
 謝り合戦になっている二人をなぜか満足そうにみていた女将だが、適度なところでステラに声をかけた。
「旦那が研ぎ具合について聞きたいって。ちょっと行ってやってくれる?」
「あ、はい!」
 二人に礼をして建物に飛び込む。ややあって女将も仕事に戻っていった。エミリオもいつものように鍛冶の様子をみようと動きかかったが、ふと視界の端に未だ座り込んだままのアレッティオが映った。
「……大丈夫ですか?」
 手を差し出すとアレッティオがゆっくり顔を上げた。
「あんたは……」
「僕はエミリオっていいます」
「あんたが……エミリオ」
 聞けばステラが話をしていたのだという。
「ステラさんが僕のことを?」
「ああ。大剣使えるんだってきいた」
「一応……一応ですがね。これでも刀匠なので、武器の扱い方は知っている。それだけのことですよ。ステラさんの槍術ほどのものは何にも」
「刀匠……。はー、あんたが……ああもう、今日は人は見かけによらないをイヤになるほど理解させられる日だ」
「ははは、よく言われます。まだまだ修行中ですが師匠からは一応皆伝だと言われたのでね、刀匠の末席にいますよ。そして、人は見かけによらないというのも同感」
 今みたステラの技を思い出す。
 少し話をしないかと言われたのでアレッティオの隣に座り、英雄像に背を預けた。
「……ステラも不思議なやつだよなぁ。あんなに槍がうまいのに、それを使わずに明らかに向いてない剣使うんだぜ?」
「言われてみればそうですね。それでも、何とも楽しそうに剣を使うんですよね。作り手としたら、楽しそうに使ってくれるというのもなかなか乙なものです」
「へぇー」
「あなたは……なかなか業物を使っていますね。手をみても良いですか?」
「んあ?」
 返事を待たずに手を取って凝視。
「なるほどなるほど。右手に力を入れる癖、ありますね」
「そうなのか?」
「こちらの柄の使い込み具合と見比べると一目瞭然です」
「はあ。自覚はあんまりないんだが」
「戦いの後右手が妙に疲れません?」
「言われてみれば」
「それがそういうことです。癖を直すか、もう少し柄を削るかすれば少し楽になるかもしれません。いやしかしこの意匠を削ってしまうというのはこの大剣の作り手に対する冒涜にもなりかねないし、だからと言って癖を直すというのも……」
「いやあの」
「できれば許可をいただいて、アレッティオさんに使いやすい形にしたいものですが」
「……」
 アレッティオはあきらめた。そして、ステラの言っていた、「少し……いや、それなりに癖はある人」の意味を嫌と言うほど理解するのだった。

 あと、ステラの酒場での評判は、だいぶん向上したという。

END


 私にとって槍って武器はほんと別格扱いなんだなー、としみじみします、こんな話ができるあたり。いや、武器は満遍なく好きなほうなんですよ、エミリオさんのこといえないくらい。刃物に執着してはないけどw
 ここで問題です。アレッティオはどれだけの時間のあと、話から開放されたでしょう?
2013.6.2

 

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