思っていたより簡単な依頼だった。目安はガーディアンたちが、繁殖期かそうでないか、前回向かった開拓者たちの情報などをあわせてつけられているが、たまにはずれる。今回は下方修正で良かったようだ。
「カマキリがあんまり居なくて良かったです。私なんか苦手で」
「僕もちょっと。でもツタに殴られるのもしばらくはやめてもらいたいところですが」
 なぜかツタに好かれるのか、ひたすらに振り回されたエミリオが眼鏡をなおしながらボヤく。
 ここしばらくは彼と依頼をいくつかこなしているが、最初に自己申告したよりも武器の扱いは巧い。
「戦いは苦手だそうですが、私は巧いと思うんですが。私の方が足引っ張ってますね、すいません」
「いえいえ、あなたの度胸の良さに僕は救われてます。どうも足がすくんでいけないんですよ」
「そうですか? 私も同じですよ。いつどこから何が来るかわからないから恐々としてます。一応図書館で生態は調べてはいるんですがまだまだ……」
 夜の森は何かしら不思議な雰囲気があり、いつどこで何が起きてもおかしくない。けれど目的地までたどり着いて内心ステラはほっとした。
 ピースーの森にあるエウロス集落から、夜に家畜や垣根にちょっかいを出す魔物が居るから見回りをしてほしいと依頼が来た。たまには夜に依頼を受けるのも気分が変わっていいかも、となんとなくステラが受けたのだった。
「エウロス方面は涼しいですね」
 エミリオが周囲に気を配りつつつぶやく。
「確かに。ほかの地方よりは過ごしやすいんじゃないでしょうか」
「これなんだろ。夜光虫みたいなのかな……」
 ステラはうっすらと光る虫に気を取られている。エミリオも、発光する植物に驚きつつ、気になるものを拾い集めていた。
「はいはいはいはい、どうしちゃったのかねぇ。あんたは兄ちゃんより手がかかるわねぇ」
「ん?」
「赤ちゃんの声……」
 みれば女が一人、泣く子をあやしながら歩いている。ステラはしばしその様子を見ていたがそっと近づいた。
「こんばんは」
「ん? ああ、長が雇ってくれた開拓者さんかい。こんばんは。こんな夜にありがとうね」
 よしよしよし、とあやすが赤ん坊は泣くばかり。
「もしよかったら、私があやしてみます」
「……え?」
 母親はさすがに不審の目をステラに向ける。
「無理そうならすぐお母さんにお返ししますから」
「……そうかい?」
 少し悩んだもののさすがに母親も疲れていたのだろう。またステラの声に含まれる真摯な心を感じ取り赤ん坊を渡した。
「ちょっとね、この子どうもカンが強いみたいで。この子の兄ちゃんたちはここまでしなくても家の中であやすだけで済んだけどね」
 外にでてしばらく風に当たれば落ち着くのだという。
「それはお母さん大変ですね。ああよしよし、いい子だね、あなたも」
 ステラは赤ん坊を軽く持ち上げては下げる。
「そうなの。お母さん見えるね」
 エミリオはそんな様子を何となく見ていたが、また周りの方に注意を向けた。どこか遠くで、この森には居ないはずの狼の声がする。
「草原の方からの風だから乗ってきてるだけ、って思いたいところだ」
 狼ならうまくすれば皮がとれて新しい防具の元になりうる。けれど毛があまりにも汚れてしまえば使用に耐えない。そんなことを思っていると歌が聞こえてきた。
「ん?」
 音源をみればステラ。赤ん坊を一定のリズムで揺らしながら何事かを歌っている。
「……知らない言葉だ」
 そのゆったりした音程からして明らかに子守歌なのだがエミリオは知らない。協定国の言葉ではないようだ。
 考えてみればステラのことはあまり知らない。いつも基本的に上機嫌で、それでいてただの脳天気ではない。極端なお人好しはわかるが。依頼を受けてないときは人知れず早朝から走り込みをしては剣を振っている。それは鍛冶屋の手伝いで朝早くにくる鉱石の搬入をしていたら気づいた。
 そういった、拠点で、近くでみていればわかること以外……たとえば生国。ステラはそういったことは口を閉ざしたままだ。
「まあ……そこまで言い合う仲でもないわけだし」
 とはいえ気になりだしたら止まらない。この言葉はなんだろう、こんな言葉を使う国はあっただろうか? せめて記憶にとどめて置いて、戻ったら調べてみたい。
「……お母さん……寝ちゃいました……」
「あら、ありがとうね……」
 女たちは声を押し殺して赤ん坊を受け渡している。思わずエミリオも、握っていた自分の剣を強く持ち直した。ここで大きな音を立てれば彼女たちに恨まれるどころではないかもしれない。
 幸いに赤ん坊は起きずにそのまま母親に抱かれて帰っていった。思わずほっとする。
「……子守歌、ですよね?」
「あ、すいません。開拓者になる前は子守任されてたんです。なので気になっちゃって」
「そうなんですか。でもどうして開拓者に?」
「子供たちが大きくなったから、もう子守はいらなくなったんですよ。単純に」
「なるほど」
「で、住み込みで仕事させてもらってたからそうなると仕事も住むところもない。はてさてどうしたものかと思ってたらここの噂を聞いて」
「それで開拓者になった、と」
「そういうことです」
 にこりと笑って頷いた。
「けど、あの言葉は協定国辺りやここの地元のものじゃないですよね?」
「あ……そっか、エミリオさんそれわかっちゃう人なんだ……」
「え? あ、すいません……」
「いえいえ、謝らないでください。昔の勤め先でも気にされたことなかったんでちょっと驚いただけです」
「へぇ。僕なんかそういうの気になっちゃう方なんですがね。でもとりあえずわかるのはこの辺の言葉じゃないってことくらいですか」
「そうですよ。多分、知らないと思います」
「……」
 女の次の言葉を待ったがそれっきり。その話題はもう終わり、そうその背中が告げている。そうなるとつっこんで聞くこともできない。仕方なくステラの後をおい、小高い丘になっているところにやってきた。
「……ここは、星がよく見える……」
 ちょうど丘の中腹辺り、樹の切れ目ができていて空がよく見えた。高い高い樹に囲まれた空は、ぽっかりと何かで切り取ったようにも見える。
「本当ですね。やはり空が見えると明るい」
 エミリオもつられて空を見上げた。
「すいませんエミリオさん。……しばらくここにいてもいいですか?」
「いいですよ。特に周りに魔物もいないようですし」
 そもそもこの依頼はステラがとってきたものだ。自分はただのパートナーだからステラの好きにするといい、と思っている。
 少し離れてまた地面の様子を見る。たまに掘ったりして、それがいい鉱石だとたまらなくうれしい。これを使って何ができるだろう。なにをかたちにできるだろう。考えることが楽しくてならないのだ。
 ステラはそんなパートナーの様子を時折視界の端に入れつつ空を見上げた。よく晴れた夜空には雲もなく、星はこぼれ落ちそうなほどだ。
 不意に昔を思い出す。
「子守歌なんか歌っちゃったからかな。それとも、ここがよく似てるからかな」
 遠い、遠い彼女の生国。出てきてからずいぶん経っている為に、歌のように言葉を言葉と理解する以前に覚えたもの以外、書きも読みもできなくなった故郷の言葉。そもそもまともに学ぶこともできなかった。ほかの同年代の子供たちはそろって学び、遊んでいたのに。
「……」
 それでも。それでも時折、強く帰りたいと願う。そして、もう帰れないと痛感するのだ。
「ここ、いいな」
 うずいて仕方がない心が少し凪いでいく。
「ごまかしてるだけ。でも、きっと私にはそれが必要」
 こんな場所があると知れただけで、ここで開拓者をやってよかったと思う。これからもっといろいろなことがあるだろうけど、たまにはここに帰ってきたい。……できればずっと。

 そのまま特に何事も起こらず朝になった。一日のんびりと家で休んでまたギルドに行くと、あの依頼は恒常的にでているようだった。
「ギルド長、この依頼ってさ、ずっとあるんですね」
「あの辺は今の時期魔物が停滞期の代わりに野生動物が繁殖期だ。それのせいもあるんだろう」
「そうなんですか……また、受けてもいいですか?」
「かまわんぞ。そういう制限はない。ただパートナーは同じところばかりだとあきるかもしれんがな」
「あ、そっか。じゃあちょっと聞いてきてみます。だめなら他の人と行かなきゃ」
 せっかくエミリオとの連携にも慣れてきたところだが、行きたくないと言われれば仕方がない。
「なんだ、なにか気に入ったのか?」
「はい……あの星空が」
「そうか。だが今夜は雨だ、またしばらく期間を開けて行った方がいいかもな」
「言われてみればそうですね」
「心配するな。おまえ優先でおいといてやる」
「ありがとうございます!」
 どこか憂いを帯びていた顔が一気に笑う。またあそこに帰れる。あの星空が見える。それがたまらなくうれしかった。

END


 なんか変なタイトルのつけ方になってるのは、「同じ場所で違う面子ならどうなるか」を書こうとしている、という無茶な話からです。さあどこまでいけるかw
 タイトル自身はSUBURBANの『ほしふるよるに』から頂きました。二胡アレンジの『塚森の大樹』(となりのトトロ)。
2013.5.23

 

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