なんとか、本当に何とか新人研修を終えて家に戻ってきた。
「うっはー。意外と二人一組って大変かも。今まで基本的に戦うときはひとりだったもんなぁ」
 指導してくれたレインヴァルトという開拓者には多大な迷惑をかけた気がしてならない。
「やっぱり槍にしといた方がいいのかなぁ」
 しかし槍は、師事した師匠のきつい仕込みのせいで、対人にしか、しかも本気の時しか使えない。いや、使えないことはないがステラの心に迷いがでる。それは魔物相手でも人相手でも致命的だ。
「本気で剣やってみようかなーって思ったけど……ダメかも」
 装備を解いてお茶を入れつつ、さっき使った剣を鞘から引き抜いた。もともと料理のナイフ代わりにも使っていたためあまり手入れは良くない。その上先ほどの研修で石畳を切るわ案内看板に当てるわ切っ先はリザードマンの盾に阻まれて曲がるわで、なまくらでもここまでならないだろうと言った有様。
「これじゃちょっとどうにもなんないなぁ。どっか修理できたらいいんだけど」
 旅の間はなんとか自分で手入れはしたができることは結局よく拭く程度。ここまでになると鍛冶屋に持ち込まなければどうしようもない。
「……もうちょっと休んでからにしよう。なんか本当に疲れた」
 寝室の窓を開け放ち窓際に座って本格的にお茶を飲む。広場の脇に立っているこの家はギルド管理の場所で、前の開拓者がちょうど大けがをして本国に戻ってしまったから空いていたという、幸運なのかなんなのかよくわからない物件だった。
 それはそれとして、位置的にはかなりいい場所にある。少し食べ物を仕入れに港に行くのが遠いが、先ほど門番と話をしたら近道があるという。それを使えば港近くにすぐでられるらしい。
「……あれ? この音……」
 金属を打ち合わせる軽快な音がどこからともなく聞こえてくる。
「あ、まあさすがに鍛冶屋さんないとやってらんないわよねー」
 かなり近くにあるならもう少し休んでも罪にはなるまい。そう思い、もう一杯お茶をついだ。

 鍛冶屋の場所は思っていたよりも近く、ギルドのほとんど隣だった。
「港からここに来るとき通ったはずなんだけど」
 早朝だったから気づかなかったのかもしれない。それからすぐに新人研修を受けに外に連れ出されたし。
「ほんとご近所にあるんだ。都合はいいけど」
 おそらく自分の使い方では何度もお世話になるに違いない。そう思いながら入り口から中をのぞき込んだ。
「いらっしゃい。おや、初めての顔だね?」
 正面に愛想の良い中年の女がいる。
「新人さんかい? 研修は終わったかい?」
「は、はい」
「あらぁ初々しいわね」
 にこりとわらう女に吊られて笑うステラ。
「ここはね、見てのとおり鍛冶屋。で、あたしの方は道具をいくつか扱ってるよ。武器や防具に関しては旦那に聞いてちょうだい。あんなだけど根は優しいからさ」
 女将の指し示した方ではなにがしかの武器を作っているのか、初老の男が大鎚をふるっていた。先ほどから聞こえていたのはこの音らしい。後はもう一人、助手なのか若い男がじっとその作業に見入っている。
「あ、じゃあ……手入れとかも?」
「そうだね、旦那がやってくれるよ。一回見せておいで」
 声に押されるままに作業場に近づく。が、板張りから石敷きになる手前で止まる。昔住んでいたところにもこういった鍛冶屋があり、そこの主人によく怒られた。作業中には絶対中にはいるな、と。なので今でもどうしてもこうやって止まってしまう。
 初老の男はしばらく鎚を振り下ろしていたがそのうち手を止めた。叩いていた刃を持ってまあいいだろう、と小さくつぶやく。そしておもむろにステラの方をみた。
「……見せてみろ」
「あ、終わりましたか? 入っていいですか?」
「……構わん」
 鍛冶屋の主人が目を見張る。それに気づかずステラは申し訳なさそうに剣を差し出した。
「これなんですけど……」
「……」
 みる間に強面の顔がしかめ面に変わる。
「いったい全体どういう使い方をしたんだ?」
「えっと……その」
 ステラはこれこれしかじか、と説明しうなだれる。
「すいません……剣には慣れてなくて」
「言われなくともこの使い方を見れば一目瞭然だ。……まあいい、おいエミリオ、修繕の方に置いておけ」
「はい、わかりました」
 若い男が主人からステラの剣を受け取り、壁際の箱の山から箱を一つとってその中にいれまた元に戻す。
「あのくたびれようでは十日はかかる。料金は出来上がり次第。それで構わんな?」
「はい、お願いします……」
 声音からあきれがこれ以上ないというくらいに感じられてしかたがない。けれど、自分でも呆れかえるコンディションの悪さなのだ、プロなら言わずもがな。
「はー……早速これかぁ……お家賃いらなくてほんと良かった」
 作業場から離れてうなだれる。主人はまた先ほどの続きに戻ったのか、金属音がし始めた。ステラ自身はこの音が嫌いではない。無心に打っていた自分の生国の鍛冶屋のことをふと思い出す。
「あの、すいません」
「はは、はい!」
 遠い思い出を追い払って振り返るとあの若い男だ。ずり落ちそうな眼鏡をあげつつステラに一本剣を差し出している。
「これ……あなたの剣を預かってる間使ってください。じゃないと依頼も受けにいけないですし」
「ああ……助かります。予備なかったんですよ」
「あそこまで使うってことは……しかも料理にまで使ってしまうってことはそうだと思いました」
 ステラは剣を受け取り深々と礼をする。
「本当にありがとうございます。これは、もっとましに使います」
「いえいえ、ボロボロになったらなったで僕の修行にもなりますから」
「そうなんですか……」
「ところで……新しく開拓者になった方ですよね?」
 ステラが頷くのを見て意を決したように聞く。
「パートナーって……決まってますか?」
「いいえ、まだこれからです。なので剣だけあってもでていけないと言うか……」
 次からは自分で暇そうな人間を捜せとギルド長から申し渡されている。ただ、そういきなり言われてもどうしたものかと考えているところだ。
「……本当に不躾ですいませんが……」
「はい?」
 いきなり男が頭を下げた。突然のことでステラは目を白黒する。
「あの、僕とパートナー契約してください!」
「……いいです、けど」
「やっぱりダメですよね、こんな奴がいきなりいいだしたって」
「いや、いいですよ」
「ああ、なんで僕はダメなんだろう」
「……あのー、話聞いてくださいってば。いいですって」
「ちょっとエミリオ、この人いいって言ってくれてるわよ」
「いつまでたっても……って、え?」
「いいって」
 女将の助け船にステラも頷く。
「ほ、本当ですか!?」
「いやー嘘言っても仕方ないですし。というか私も探してたところではあるんです。あ、でも……鍛冶屋のお仕事はどうするんですか?」
「え、あ、僕開拓者です……」
 え、と思わず女将をみる。女将も苦笑い。
「そうなんだよ。なんか違和感なく旦那の仕事手伝ってくれるから忘れそうになるんだけどね」
「そう、なんですか」
「はい。よろしくお願いします。あ、僕エミリオっていいます」
「さっきから女将さんも親父さんも呼んでましたね。私はステラ。こちらこそ」
 男が出した手を握ると。
「!? この手!」
「は、はい?」
 握った手をまじまじと見つめるエミリオ。手のひらから手の甲までそれはもうじっくりと。ステラはといえば振り払うこともできずにされるがままになっていた。
「ちょっとエミリオ! 女の子の手をそんなにしないの!」
「はっ」
 女将が二人を離してやっと収まった。
「ステラちゃんが困ってるじゃないの。ステラちゃんもああいう時には振り払ったっていいんだからね?」
「……はい……」
「す、すいません。いつもの癖で、武器を使う人の手にはちょっと敏感で……」
 エミリオは武器好きが高じて刀匠になったという。未開の地には自分の知らない素材があり、それを元に知らない武器もたくさんできるに違いない。そう思って開拓者になったのだそうだ。
「けど、戦う方はちょっと……そもそも僕は武器を使って戦うんじゃなくて武器を作るのが仕事なんです。ほら、人には向き不向きってありますし。で、勢い込んで開拓者になったはいいけれど、ここじゃ二人一組じゃないと出してくれない決まりがあるじゃないですか。で……結局ここで親父さんの手伝いしていたんです……」
「あれだけ頼み込まれたらねぇ。旦那がいいって言ってるんだからあたしがどうこういう気はないけどさ」
 女将が混ぜっ返してエミリオが照れくさそうに眼鏡をあげる。
「うーん……事情はわかったんですが……」
 ステラが話を終えるより先にエミリオがうなだれた。
「えっ、やっぱりダメですか……」
「あ、その早とちりちょっとストップしてください」
 頭を軽く掻きつつステラは続ける。
「ええと、刀匠さんなんですよね?」
 頷くのを待ち次をつなぐ。
「さっき親父さんに預けた剣を見たらあなたにも明らかだと思うんですが、多分私剣は全然ダメです。だからパートナー探しも躊躇してたんですよね。明らかに足を引っ張るのわかってるから。だから、それでもいいですかって……」
「それはないと思いますよ」
 何を言うのだろう、と言うようにエミリオが笑う。
「先ほどあなたの手を見せてもらったんですが、とても良い手だったんです。だから今は不得手でもきっとあなたは巧くなる。僕が自信もって言います」
「……手」
 先ほど握られていた右手を開いたり閉じたり。ステラには正直、どこをどうみたらそういう結論に至るのかさっぱりわからない。
「あ、信じてませんね? じゃあ……」
 と、しばらく目を閉じて考え込む。
「剣を握ったのはほんとにごく最近ですよね? ほかには、そう、多分槍とかそういう長柄武器を一番長く使ってたはず。一通りの武器は使えそうですね」
「……すごい。当たってます」
 呆気にとられて男をみる。エミリオはまた照れくさそうに眼鏡をあげた。
「だから信じてみませんか?」
「……それも、いいかも」
「それに、僕と契約してくれたらあなたに合う最高の武器、作ります。せいいっぱい依頼を受けて、素材集めしますから」
「それは別にいいですが……」
「誰だって最初は下手ですよ。僕もよく師匠に怒られましたから」
「……」
 しばらく考えていたステラだが、すぐににこりと笑った。
「じゃあ、よろしくお願いします。エミリオさん」
「はい」
「私、手続きしてきますね。ついでに何かとれそうな依頼あったら受けてきます。お代稼がなきゃ」
「わかりました。そのつもりで居ます」


 ステラが出て行き、エミリオはほっと息を吐いた。
「良かったねエミリオ、やっと開拓者らしいことができて。やっぱりあれかい?」
 かわいい子だもんね。女将が耳元でささやくのに慌てて頭を振る。
「ち、違いますよ!」
「だって、ほかにも新人さんがここに来てもあなた全然声をかけようとしなかったから」
「そ、それはそうですが」
「……あの態度だろう?」
 主人が鎚を置いて二人のやりとりに割って入った。
「なんだい? あの子何かしたのかい?」
「いやむしろしなかった……作業場に、入らなかったんですよ、あの人」
「?」
 エミリオの説明で女将はよくわからない。
「……俺がいいって言うまで入らなかった。そういう奴は今までその若造ぐらいだった」
「……言われてみれば、ほかの子たちはどんどん入ってったわね」
 じっと待って主人の仕事が一段落するのを待っていた。そういう開拓者は確かに今までほとんどいない。最近ではエミリオだけだった。
「……鍛冶ってやつの何事かを知ってるんだろうがな」
「それで……思わず声をかけてしまいました」
「考えてみたらエミリオが予備の剣を渡すのだって初めてだよこりゃ」
「あれは僕の勝手でして、ボロボロになったら僕が自分で直します」
「……夜なら貸してやる、今まで通り」
 男二人のやりとりをみて女将は手を腰に当てた。
「やれやれ、あの子、ステラちゃんって言ったっけ、一瞬でうちの男どもに気に入られたみたいね」
 こりゃなにかおもしろいことになるかもしれない。女将はひっそりそんなことを思いつつ、仕事に戻っていった。

END


 ほぼゲーム踏襲。加えて自分設定ちょこちょこと。つーか人の話を聞けエミリオw なんか彼は早とちりなイメージがある。武器のこと以外だと。あと新人研修はマジでレインヴァルトさんすいませんでした。プレイヤー取り説見ない奴です。
 結構私としては主人公ちゃん気に入って書いてるんですがどんなんでしょうね。基本上機嫌の超お人好しお嬢さん。まあいいや。
2013.5.19

 

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