機関室のため息

 ティナ殿を探しに行った一行がナルシェに戻ってきた。幸い、あれから帝国が手出ししてくることはなく、拙者はバナン殿とともに日々今後のことを話し合い続けていた。
「カイエン、どうだった?」
 マッシュ殿が肩をさすりながら聞いてきた。ナルシェは寒い。もともと砂漠の生まれの彼には辛いだろう。
「あれ以降の帝国来襲はなかったでござる。それで、今後のことでござるが…」
「今後、なぁ」
 と、ロック殿が渋い顔をした。
 とりあえず当面、どこにも侵攻をする気配がない。今までは守りに徹していたが、今度は攻撃に転じなければならぬ。
「やはりここはベクタを叩くべきであろうな」
「そうだな。あ、飛空艇は自由に使っていいぜ。俺様はお前らに賭けたからな」
 世界で唯一つ、空飛ぶカジノを経営するというセッツァー殿。ただ、自分が面白いと思ったことにしか手を出さないという、筋金入りのギャンブラーだと聞いていた。このような人までこちらに引き入れるとは、いやはやたいしたものである。
「けれどベクタの守りは半端ではない。それに、この間ドンパチやらかして来たばかりだから、警戒も高まっていることだろうし」
「じゃあ…」
 エドガー殿の影で黙って話を聞いていたティナ殿が口を開いた。
「…おや…」
 なにかが違う。ティナ殿には間違いがないのだが、もっている雰囲気が違う。なんというのか…。そう、迷いがなくなったというべきだろう。死霊のように纏わり憑いていた迷いと儚さが力に変わっていた。
「私たちも力を…探しに」
「力?」
「そう。…幻獣たち」
 時折途切れる言葉だったものの、しっかりとつむぎだす。
「だが…幻獣たちはどこにいるのでござろう?」
 突然そう言われてもさっぱり分からない。他の面々も同じような感じである。
「分かる…教えてくれる。私の中の、血が。……扉を開けてと」
「血?」
 首を傾げる拙者にそっとエドガー殿が耳打ちをする。彼女は人と幻獣のハーフなのだと。ハッとしてティナ殿を見てしまった。しかし、無粋な視線にもかかわらず笑いかけたのだ。
「…強く、なられたのだな」
 呟きが聞こえたのか、にこりと微笑んだ。自分は一体何者なのかを掴んで来た。それだけで、強くなれるのが人というものだ。

 今度は全員で行くことになった。ティナ殿の指示でセッツァー殿が船を動かし、我らはしばしの休息。フィガロの兄弟はディーラーと一緒になってカード遊びに高じており、ガウ殿は甲板で昼寝をしている。拙者はといえば機械だらけの船内におっかなびっくり、興味をそそられて探索をしていた。
「一体どのようにしたら空を飛べるようになるのでござるか…」
 エドガー殿あたりに聞けば懇切丁寧に教えてくれるであろうが、そこで聞こえてくる言葉の単語の意味がわからない。
「いい加減、どうにかして機械の基礎ぐらい理解するべきなのでござろうが…、いやはや、このようなものをみてしまうとどこから手をつけていいのやら」
 自分が極度の機械音痴だということは、ドマを出てからの旅路の中で重々承知している。分からないままというのも癪なのでどうにかして勉強してやろうとは思うのだが、どうも上手くいかない。
「…ここは、機関室か?」
 ひときわ大きな音が聞こえてくる扉の前に立つ。一体どんなものがこの船を動かしているのか。興味をそそられ、扉を開けた。
 ごうんごうんと大きな音と、油の匂い。巨大な歯車がいくつも回っており、何に使われているのか拙者には想像のつかないピストンが絶え間なく動いている。
「ほー…」
 おもわず感心した。はっきり行ってしまえば無粋な、ただの鉄の塊。これが全ての動力を生み出しているのだ。
「誰かいるのか?」
 歯車の奥から声が聞こえてきた。この声は、ロック殿だろう。
「拙者でござる」
「ああ、…カイエンか。どうしたんだ、こんなところに」
「拙者はちと興味を引かれましてな。そちらこそ、なぜ?」
「…人のいないところにいたかっただけなんだ」
「それは…失礼」
 そう言って辞そうとしたのだが、ロック殿の視線に何かを感じ、黙って少しはなれた位置に立つ。
 機械の音が拙者たちの間を通り過ぎていく。じっと機械が動き続けるのを見ていたが、ふと気になっていたことを思い出した。
「…セリス殿は、どうされた」
 確かナルシェを出る際には将軍もいたはず。共に戻ってこなくてはおかしいはずだ。
「別れた」
 淡白に返してくるロック殿。
「別れた…?」
 あまりに無頓着な返答になにか嫌な感じを覚える。
「もしかして、裏切ったのでござるか?」
 ふと沸いた疑問。それに噛み付くように怒鳴ってきた。
「違う!」
「…」
 その形相にただならぬ物を感じる。それが何を意味するのかは、いくら拙者でも分かる。至らぬ夫とはいえ、妻と子を持つ身だったのだから。
「……何があったのか。別に言わないのもよいでござろう。ただ…」
 周りの鉄を見ながら続けた。
「この機械たちに話し掛けるよりましだと思えば、拙者に言ってみてはどうでござる?」
「…」
 返事を期待していたわけではなかったので拙者も特に気にしなかった。これで声をかけてくるかどうかは、ロック殿の考え次第。
 それから半刻ほど拙者は機関室のあちこちを見て回った。口を開くのを待っていたわけではない。この塊が一体どういう働きをしているのか、少しでも理解できたらと思ったのだが…。甘かった。さっぱりである。
「ロック殿…」
 気配でこちらを向いたのがわかった。
「これは一体、何に使われるのでござる?」
 恥を覚悟に聞いてみた。
「…俺に聞かれたってなぁ。エドガーなら懇切丁寧に教えてくれると思うんだけど」
 困ったような声で返事をした。
「それが聞いてみたのでござるが…」
『専門的過ぎてわけがわからない』
 拙者とロック殿の声がそろった。一瞬だけ機械音が嫌に大きく響き、そのあと拙者たちは笑った。
「あいつはマニアの域だからな。俺らみたいな一般人が聞いてもわかんねーって。なぁカイエン、機械なんてもんは道具だよ。エドガーみたいな例外はおいといて、そうでなけりゃ中がどうなっているかってのより、それを使って何をなしえるか、のほうが重要だぜ」
「ほう」
 機械とはいえども、所詮道具。昔ほど単純なつくりでなくなっただけであって、それを使うのは拙者たち人間なのだ。
「そうであったな…」
「…考えてみたら」
「?」
「魔法だって…機械と同じなんだよ」
「…使う人次第の道具…でござるか?」
 黙って頷いた。
「そうかも、しれぬな」
 使う人次第。魔大戦然り、現在の帝国軍然り。使う側の問題なのだ。
「それでも、セリス殿はまちがった使い方はしておらぬ。そなた達が無事戻ってきたのが何よりの証」
「!」
 眼を見開くロック殿。
「まさか、信じておらぬ…とでも?」
 少しいじわるに聞いてみた。どうも中年になると、若者をからかうのが楽しみになってくる。
「そんなはずあるか!ただ、ただ、あまりに驚いて、体が動かなかった…」
 想像するに難くない。恐らく帝国の誰かに見つかり、セリス殿がその身を呈してお三方を守ったのだろう。あの女子、それだけの器量を持っておったかと少し感心した。
「されば次に逢う事があれば、きちんと伝えてあげるでござるよ。…何もかも遅くなってしまう前に、伝えたいことは伝えるものだ」
「でも…もうあえないかもしれない」
「信じていれば、必ず」
 ドマにはこういう格言があった。信じれば、岩をも砕ける、と。強く願えば、必ず実現するということだ。
「だから、ロック殿は信じていればいい。信じてもらえなかった痛みは長く人を悩ませるが、それでも信じる、ということに勝ることはないでござる」
「…ありがとう、カイエン。俺…願ってみる。もう一度、逢えるように」
「二度と離したくない人であれば、なおさらでござるぞ」
 ロック殿はにやりと笑った。うむ、彼にはこのような不適な笑顔が似合う。
「それにしてもカイエン、今じゃ人畜無害ですって顔して、結構昔やばいことしてたんじゃないか?なんとなくだけど」
「失礼な」
 笑いながら言ってくるのでこちらも笑い返した。
「ただロック殿より、すこーし人生を経験しているだけでござるよ」
「なるほど、年の功、ってやつか」
「そのとおり。…さて、拙者はまたあちこち見てまわるでござる。ロック殿は?」
「俺はまだここにいるよ」
「さようでござるか」
 では、と手を上げ扉に向かう。と、背後から声がかけられた。
「ありがとなカイエン、心配してくれて」
「…」
 拙者は照れながら機関室を後にした。

「ここは帝国の東の果て上空だ。ティナ、このあたり…なのか?」
 セッツァー殿が確認をしている。帝国の東端には巨大な橋がかけられており、その手前にはなにかの建造物が見える。
「もっと…奥、深く」
 何かを感じているのか、髪を逆立てながら言葉を吐き出す。
「奥…って、これ以上は無理だな。第一、降りられない」
「どうやらあの建物の手前に降り、そこから徒歩で行くべきだろう」
「歩きぃ?面倒だなぁ」
 それぞれが文句を言うが、橋の向こうには険しい山脈が連なっている。飛空艇の高度にまで伸びた山々では、確かにすすめない。
「じゃー、あそこの盆地に下ろすぜ。でもよ、それだったらあそこのみょーな建物とおらないといけねぇだろ?」
「通らしてもらうさ。無理にでも」
 マッシュ殿が物騒なことを言う。しかし、帝国の代物によいものなどあるはずはない。拙者もその意見に賛成だ。
「そーか。なら行こう」
 セッツァー殿の飛行技術は絶品である。離陸の際と着陸がもっとも難しいのだとエドガー殿が呟いておられたが、まったく揺れを感じない。
「俺がちょっといって様子見てくる。みんなここで待っててくれ」
 いうなりロック殿が駆け出した。
「…あいつ、少しは元気になったかな」
「そのようだな。あまり気負っていないようだ」
 見送りながらエドガー殿とマッシュ殿が呟いた。何があったのか、正確に知っているのはこのお二方だ。けれども拙者は聞く気はなかった。ロック殿は信じ始めている。それだけで十分だ。
「……あれ?」
 眼のいいガウ殿が体を伸び上がらせた。
「どうしたガウ」
「ロック…呼んでる…」
 たどたどしく伝えて走っていってしまった。慌てて後を追う拙者たち。
「どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたも…まあ見てみろよ」
 手にもっていた遠眼鏡を拙者に渡す。覗いてみれば、人の気配のない建物。
「…いない?」
「みたいだな。手間が省けた。さっさと行ってこよう」
 自分も覗いてみたいマッシュ殿に遠眼鏡を取り上げられながら、いいようのない不安感に襲われた。どうぞ、当たらぬように…。

TO BE CONTINUED


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